「D&I推進はコスト」と考える風潮を打破する

――D&Iを進める中で気づきはありましたか。

辻:よく「D&I推進のメリットは何か? デメリットのほうが多いのでは?」と聞かれることがあります。「女性やマイノリティーを支援するのは、“コストを負担して助けてあげる”こと。いわば社会貢献なので、見返りはない」という意見が、残念ながらいまだに多いのです。ただ、このような風潮があってもD&Iがある程度広まってきたのは、「女性やマイノリティーを差別することは倫理観に反する」という理由づけがあったからでしょう。

 しかしD&Iを企業のコストととらえていては、目的は達成できません。業績が悪化してコストを負担できなくなったら、取り組みをやめてしまうからです。企業のD&I推進の基本はそこではありません。D&Iは「利益を上げ、成長して付加価値を上げ、雇用を増やす」という企業の社会的責任と合致するものだ、ということに気づかないといけないのです。

 人的資源には限りがあり、優秀な人材が継続して入社し、働き続けてくれることで企業は成長します。特に当社は製品を扱っていないので、人材がすべてです。性別に関係なく能力の高い人がいる中で男性だけを採用していたら、優秀な人材を半分以上失うことになってしまいます。それでは競争に勝てるわけがありません。性別に関係なく優秀な人材を採用し、育成していくことが企業のためになり、結果的に利益追求という目的にも合致します。倫理観だけではなく、そうした経済合理性に基づいて我々は活動してきました。

――D&I推進が企業の成長戦略に直結することを、発信し続けることが重要ですね。

辻:そうです。従来、EYのD&Iについては、ボトムアップで提案が出て「トップが認める」という形で発展してきました。今後はボトムアップとトップダウンの協働で、マインドセットの転換を生む必要があります。ダイバーシティやLGBT+という言葉が自然に皆の口から出るようにするには、経営陣がD&I推進に覚悟を持って取り組む必要があるでしょう。

 当社の毎月の経営会議には必ずD&Iのトピックを盛り込み、リーダーが共通認識を持つようにしています。またサービスライン単位でD&Iコミッティを設置して業務形態に合わせてD&Iの推進に取り組んでおり、EYメンバーが主導で女性、LGBT+、外国人のコミュニティと連携しています。この結果、育児コンシェルジュやトランスジェンダーに配慮したトイレなど、現場で働く人に寄り添ったきめ細かい施策が多く実現しました。

 しかし、これらの施策は“D&Iのためだけ”に進めているわけではありません。これらの推進が、個人の評価やKPI(重要業績評価指標)など経営全般に関わる事案に行きつきます。先ほどもお話ししたように、D&I推進を社会貢献という視点で考えてしまうと経営全般に対する意識が出なくなる。働き方、マインドセット、クライアントの期待に沿っているかなど、経営の本筋であり“ど真ん中”のところを追求すると、結局D&Iに対する意識変革と同様の施策になるという形に持っていきたいと考えています。

 母が教員で、私にとって女性が働くのは当たり前でしたし、最初に配属になった部署も女性が多く女性上司もいました。能力も働き方も性別は関係ないと感じていました。例えば、子育て中の女性は時間の制約があることが多いため、成果を出すために効率的に働いている人が多い印象です。一方で、仕事と子育ての両立のために、もどかしい思いをしている女性が多くいるのも事実です。つまり働く上での制約を緩和すれば、働くモチベーションや会社への貢献度も上がるはず――。そう考えて、2016年のカントリーマネージングパートナー就任後に、リモートワークやフレックスタイム制の導入に取り組んできました。

 しかし制度の導入は「言うは易く行うは難し」。リモートワークについてはセキュリティの問題がありました。当時は通信環境を整備し、セキュリティリスクを回避するなどの課題もあり導入は簡単ではありませんでした。また、フレックスタイムを利用して現場に10時直行や16時直帰といった働き方を、遅刻やサボりと感じる人も少なからずいて、フレックス制への理解を得て制度化するには時間がかかりました。