この研究を担当した下山研究室特任研究員の井上薫氏は、「こうした経験が仕事を続けようという意識や、精神的な健康の維持につながっていることも見えてきた」と語る。

 では、より多くのグランドスタッフをこうした好循環に誘い込むには、どうしたらいいか。クレーム対応はそもそも高度な知識とスキルが要求されるし、クレームと距離を置くといっても、感情的になっている旅客を前にいきなり実施するのは難しい。

 そこで、研究では総合的なトレーニングの実施を提案している。例えば、クレーム対応スキルを先輩コンシェルジュから体系的に学ぶ場を用意する。さらには「クレームに対して感情的な距離を置く」という認識を学ぶ場も用意する。ベテランはクレームを受けながら「個人に対してではなく会社に対してのクレームである」「クレームの向こう側にある本当の要望は何なのだろう」といった冷静な思考を働かせるスキルを持っており、これを他のグランドスタッフが学べるようにするためだ。クレームに直面した際に気持ちを切り替えやすくするための合言葉をあらかじめ用意する、あるいは呼吸法を身につけるといったことも有効としている。

 職場においては、クレーム発生時に周囲のサポートが得やすい体制を整えることが有効だという。また先輩社員からは「クレーム後に落ち込んだ若手社員にどう声がけをしてよいのか思いつかない」という声もあり、クレーム対応後の声のかけ方も例示した。

 「クレームと距離を置く」という概念について、東大の下山教授は「心理カウンセラーにとってはなじんだ考え方」とする。心理相談で相談者が心理的なつらさを吐露した際、カウンセラーがそれを正面から受け止めて反応していたら心が持たない。そこでカウンセラーは話を聞いて共感しながらも心理的な距離を確保し、相談者の心理状態が改善するための糸口を探っていく。「心理カウンセラーは距離を置くための専門的な訓練を受ける。対人サービスのプロにも同種のトレーニングが有効であろうことを示している」(下山教授)

若手社員の離職の要因は?

 3つ目の研究は、ANAエアポートサービスが人材戦略の課題として抱えていた、若手グランドスタッフの早期離職についての対策を見いだすというものである。

 グランドスタッフの業務特性を分析したところ見えてきたのが、航空便の接客サービスならではの特徴だった。「自分の感情を抑えながらも丁寧な接客対応が求められている。この状態が続くと心の負担が重くなり、ともすれば仕事を辞めようという意向につながることが見えてきた」(研究を担当した博士課程1年の谷真美華氏)

 自分の感情を極端に抑えることが恒常的に続くと、そもそも自分自身がどんな出来事に対してどう感じるのかが分かりにくくなる。これはうつ病などの心身の不調にもつながる。

 そこで研究では、入社1年目から3年目の若手グランドスタッフ、そして4年目以降のベテランのグランドスタッフなどのグループに分け、インタビューやアンケート調査などによって比較分析した。