普通のビジネスパーソンは、身体障害者と交流する機会がほとんどないはずです。インクルーシブデザイン・ワークショップでは、リードユーザたちと一緒に街を出歩いたり、買い物をしたり、議論をしたりします。この体験はまさに「非日常」です。

 そこから、いつもとはまるで違う視点を得ることになり、大きな刺激になるわけです。これが、インクルーシブデザイン・ワークショップの大きな狙いの一つでもあります。

 以前、ある大手メーカーでインクルーシブデザイン・ワークショップを実施しました。事前準備のためのオリエンテーションの際、私は若手社員の方々に対して「高齢者というのはどういう感じの人でしょうか」と質問しました。するとある若手社員は「こういう人です」と言いながら、腰をまげて杖をついている人の動作を取りました。

 これが固定概念です。確かに杖が必要な高齢者もいらっしゃいます。ですが、そうではない人もたくさんいて、健康に気を使い元気に歩いている人も多い。社員本人もごく自然にその動作を取ったと思うのですが、こうした固定概念を持っていると、自覚しないままに日々の発想の幅を狭めてしまい、それが実務の質にも影響を及ぼします。しかも、普通に定常的な仕事をしている中では、そうした固定概念にはなかなか気づけません。

――インクルーシブデザイン・ワークショップでは、どんなプロセスを踏むのでしょうか。

井坂:デザイン思考の考え方を取り入れていまして、「共感」「問題定義」「アイデア」「プロトタイプ」「テスト」という5つのプロセスがあります。共感という最初のプロセスでは、リードユーザが生活したり商品を使ったりしている様子を観察し、インタビューします。リードユーザの目線で体験することで、従来の設備や商品の使いにくさが浮き彫りになるなど、今まで気づかなかったことを発見できるようになります。

 その後は、発見した課題を抽出して試作品をつくり、それを参加者同士で互いに発表し合いながら磨き上げていきます。この間も参加者はリードユーザと積極的に関わります。これにより、通常の仕事のやり方では得られない視点を取り込むことが可能になるわけです。

――日本国内で、商品やサービスとして実現した例はありますか。

井坂:花王では「アタックZERO」のパッケージデザインにリードユーザの声を積極的に取り入れました。なお、花王の現場では、一定期間ひたすらインクルーシブデザイン・ワークショップに取り組むことで、「自らの固定概念を壊す」ことに集中していたそうです。

 リードユーザの意見を取り込むことで、結果として一般の人にも使いやすいものになります。当社が関わった事例ではありませんが、セブン銀行はATMの開発にリードユーザの声を積極的に取り入れたことで有名です。同行のATMはその使いやすさが好評で、ショッピングモールなどに設置すると集客力が上がるとも言われています。当社では障害者や高齢者の方々に向けたセブン銀行のATMの使い方体験会を開催したことがあります。障害者や高齢者の方々に聞くと、このATMの使い勝手は好評でした。

 また、海外のある通信サービス企業がインクルーシブデザインの考え方を取り入れ、従来の複雑なサービス体系を、目が見えない人の意見を元にシンプルにまとめ上げました。結果として一般の人にも理解しやすいものになり、契約数増につながったそうです。