「革新的な企業文化がなければ、革新的な医薬品を生み出すことはできません」。初日の基調講演に登壇した綱場一成氏は、こう強調する。同氏が社長を務めるノバルティス ファーマは、スイスに本社を置く医薬品メーカーの日本法人。グローバルな医薬品市場で売上高は第3位、約180の国・地域に10万人以上の従業員を擁する巨大企業だ。

新たな発想の化学反応が起こる環境をつくる
現在の医薬品業界は、バイオテクノロジーや遺伝子テクノロジーなどの先端技術を活用した医薬品の開発競争で大手企業がしのぎを削っている。革新的な医薬品を開発し続けなければ、この競争に勝ち残ることはできない。
イノベーションを創出するには高度な技術力が必要だが、綱場氏は「新たな発想を生み出すような環境を築くことも大切です」と指摘する。「新たな発想の化学反応」(同氏)が起こるような企業文化の醸成に向けて、同社が推進している取り組みが「UNBOSS(アンボス)」だ。
UNBOSSとは「ボス(上司)を取り除く」という意味の造語。綱場氏は「リーダーシップとカルチャーの変革」だと前置きして次のように説明する。
「上司と部下の垣根や不必要なプロセスを可能な限り取り去って、従業員自らが主体性を持って、モチベーション高く働ける組織を作っていくための取り組みです」
取り組みの中身は、大きく「革新的な制度(ソフト)」「革新的な環境(ハード)」「革新的な企業文化」の3つに分けられる。「革新的な制度」とは、人事を中心とした社内制度の改革のことだ。2018年から2019年にかけて、スーパーフレックス制度や週5日のテレワーク制度などを導入している。2020年1月には、男女を問わずに14週間の有給休暇を取得できる育児休暇制度を導入した。
「革新的な環境」では、2015年1月時点で全国に76あった営業所を段階的に閉鎖し、2020年3月に全て廃止した。これに併せて、MR(医薬情報担当者)の活動では、顧客への直行直帰の推進と在宅勤務環境の整備を行っている。綱場氏は次のように語る。
「テクノロジーの進化によって、オフィス内でなくても社員間でコミュニケーションをとれるようになりました。だったらオフィスにいる時間をなくして、その分をお客様や家族のために使った方が良いと考えました」
本社オフィスの改革では、管理職を含めて固定デスクを廃止した。役員も一般の従業員と席を並べて、仕事をしているという。このほか、新たにラウンジやキッズルーム、社員が日中に短時間の昼寝ができるパワーナップルームなどを設置している。
1年間に全社員の4分の1と意見交換
同社がUNBOSSに込めた狙いを象徴しているのが「革新的な企業文化」だ。ここには、上司と部下の垣根を取り外すための研修プログラムとして全社員に提供している「UNBOSSリーダーシップジャーニー」、社長を含めた管理職が部下とカジュアルなランチやコーヒーの場で意見交換する「ミートアップ」などが含まれる。綱場氏がミートアップに取り組み始めた2017年には、当時約4000人の従業員のうち1000人以上と意見交換したという。社員のエンゲージメントを把握するための取り組みも行っている。3カ月に1度、インターネットを使った調査を実施し、必要であればUNBOSSの取り組みに軌道修正をかけているという。
綱場氏は、UNBOSSの取り組みをヨットに例えると「革新的な制度」と「革新的な環境」がセール(帆)で、「革新的な企業文化」が船体部分に相当するとして、次のように解説する。
「ヨットは船体がなければ沈んでしまいます。船体部分が大きくしっかりとしていれば、大きなセールを載せられますし、強い追い風がくれば船のスピードを大きく上げられます」
この後に、綱場氏は「戦略実現を目指す企業文化の変革」「COVID-19がもたらす時間の加速」といったテーマの話を披露。最後に「製薬業界の一員として、多くの患者様や介護者様、そしてお客様のために、私たちがやれることを精いっぱい提供していきたいと考えています」と語って講演を締めくくった。