気づきを言語化して組織内で共有することが大切

――スポーツ心理学者である布施さんの指導とは、どのようなものなのでしょうか。

布施:一言で表現すれば、考え方を伝えることです。ある特定の指導の型があるわけではありません。応用スポーツ心理学の理論、例えば個人のモチベーションや自己判断能力を上げるための方法論などをベースに、その組織や個人の特性に合った指導を行っています。いわば、アカデミックな理論を現場に落とし込むのが私の仕事です。

 早稲田のラグビー部は素晴らしいチームなので、みんなが考えながら練習や試合に臨んでいるものだと想像していました。しかし、実際に接してみると、どこか遠慮している部分がある。自分で何か判断を下さなければならない時に、監督やコーチ、チームメートの指示を待っているような場面が少なくなかったのです。この改善が必要だと思いました。

 スポーツチームに限ったわけではありませんが、多くの組織で共通して課題となっているのが、個々の気づきを改善に結びつけられていないことです。実は、誰かが何らかの問題に気づいたとしても、これを他人が理解できるように言語化することは簡単なことではありません。さらに、同じ場面を見ても何に気づくかは人によって異なります。チーム内や業務上の役割に基づいた気づきを得ることと、これを組織内で共有することが大切です。こういった仕組みを設計するのも私の仕事です。

布施 努(ふせ・つとむ)氏
株式会社Tsutomu FUSE, PhD Sport Psychology Services 代表取締役
慶應義塾大学卒業後に住友商事を経た後に渡米。ノースカロライナ大学大学院グリーンズボロ校でスポーツ心理学博士号を取得。在学中、米国五輪組織やNFL、NHLのリサーチ・コンサルティングを行う。帰国後、慶應義塾大学、早稲田大学、JR東日本、桐蔭学園ラグビー部などのスポーツチームの指導を行い、チームを短期間で全国大会優勝に導く。ビジネスの世界でも大手総合商社や監査法人などからチームビルディングや組織パフォーマンス向上、ライフスキルの講師として招かれるなど幅広い分野での指導を行っている
(撮影:稲垣 純也)

気づきに基づいた仮説検証のサイクルを高速に回す

相良:早稲田の学生に限りませんが、今の若者は平和主義の傾向があるので何らかの問題に気づいても他人との衝突を避けるために声を上げないケースが多くなっています。ラグビー部でも試合中に「あそこでパスが欲しかった」「あの場面では走ってもらいたかった」と内心では思っているはずです。こうした気づきを共有することが大切です。試合が終わってから話し合うのではなく、その場で共有して改善につなげることでパフォーマンスが大きく変わってきます。布施さんの指導で、これができるようになってチームの力量が大きく向上したと感じています。

布施:このような風土を醸成するために、最初はチームのリーダー陣を集中的に指導しました。勝つためには気づきをリアルタイムで共有することが重要であることを教えて、彼らに「ちょっと、やってみてよ」と伝えた結果、この風土が上から下へと選手の間に徐々に広がっていきました。

 私は「PDCA(計画・実行・検証・改善)」ならぬ「仮説・実行・データ」という改善手法を提唱しています。これは気づきに基づいて、その場その場で仮説を立てて実行し、すぐにデータに基づいて検証して仮説を改善していくというサイクルになります。このサイクルを選手全員が意識すれば、試合中でも相手の動きを見て、新たな仮説を立てて軌道修正をしながらプレーできるようになります。1カ月ごとに計画を立てて練習しているチームと、毎日のように仮説を立てているチームでは力量に大きな格差が生まれてきます。

 スポーツだけでなく、ビジネスの世界でも同じです。経営環境の変化が激しい現在は、機動的に戦術を変えていかないと競争に勝つことはできません(「仮説・実行・データ」の詳細は「コロナ禍を越えて組織パフォーマンスを向上させる新手法とは?」を参照)。