もう1つはジョブ型の仕組みを部分最適的に入れた結果、全体最適の枠組みを壊してしまうパターン。もしくは全体最適の自己修復システムに取り込まれて、仕組みが元に戻ってしまうパターンだ。具体的には、年功序列型人事の打開を狙って導入される職務・役割等級制度の失敗例がこれに当てはまる。職務や役割の大きさ、重要度などによって等級への格付けを行うので、昇格の一部にジョブ的な考え方をビルトインしているが、本質的には現有戦力をベースに「誰を昇格させるか」を意識しているメンバーシップ型である。そのため「全員に均等にチャンスを与える」といった内部公平性のカルチャーを変えられないと、結局元の年功序列的な運用に戻ってしまう。

 メンバーシップ型との比較において、ジョブ型が一概に優れているわけではない。双方とも基本的にはシステムなのでメリットもデメリットもある。市場や競争環境が安定していて、オペレーションの改善が競争優位性を大きく左右する世界では、同質化したカルチャーや経験をベースにすり合わせ・改善を継続できるメンバーシップ型の方が優れているケースもありうる。「ジャパンアズナンバーワン」と言われた時代の日本企業の勝ちパターンがまさにそれに該当していたわけだが、今でもビジネスニーズや、提供するサービスの本質的な価値転換が少なく、斬新的なコスト改善が競争優位性を決める産業では、メンバーシップ型のモデルに理論上の合理性が見いだせるだろう。

 一方でデジタルの世界や、グローバルの競争で、迅速な価値転換、事業ポートフォリオの頻繁な見直しが迫られる世界では、ジョブ型の適合性が高い。分かりやすい例は各種規制産業に起こっている変化だ。決められたルールの中で、限られた競争変数の闘いをしていたときはメンバーシップ型がフィットしていたかもしれないが、市場の自由化・グローバル化が進み、よりアジャイルにビジネスを転換していくことが求められ始めると、ジョブ型の発想で、事業の変化に合わせて人的資源を社内外から柔軟に調達することが必要になってきている。

 メンバーシップ型が適した経営環境にある産業や業態は減っているから、「大勢として」ジョブ型に進むべき企業が増えている。ただしそれが待ったなしなのか、今の仕組みから少し時間をかけて変革していけばいいのかは、個々の企業で判断し、プランニングする必要がある。単なる人事制度変革の話ではなく、人という最重要の経営資源を調達する経営全体のエコシステムに関わる話なので、現場の納得感がないまま拙速にジョブ型に切り替えると、これまでメンバーシップ型でうまくいっていたことまで壊してしまう可能性がある。

人事制度とマネジメントの問題を混同

 「リモートワークで成果を重視するからジョブ型に」という理屈についても、もう少し丁寧に考えてみよう。

 よく挙げられるのは上司と部下のマネジメントの問題だ。「部下の仕事が明確に定義されていないから、上司が進捗を把握できない」というわけだが、日本の多くの企業ではMBO(目標管理制度)を導入し、各社員に目標を設定して到達度合いによって評価を決めている。個々人の目標の上位にあるのがジョブディスクリプションであるはずなのだが、「MBOでは成果を正しく把握できないからジョブディスクリプションが必要」となると、どこまで詳細にジョブディスクリプションを定義しなくてはいけないのかということになる。この場合は、単純に上司にタスクブレークと進捗管理をする力がないだけであり、日々のマネジメントがきちんと機能していないことが問題なだけである。そこにジョブ型の必要性を持ち出すから、議論が必要以上に複雑になっているのではないだろうか。

 一方で、「上司が部下の仕事をマネジメントできていない」という問題から出発してジョブ型を議論することは無駄ではない。実はそこに新しい論点が見えてくる。

 ジョブディスクリプションを作ることの意義は、「この仕事にはどんな人が最適なのか」をあらかじめ明確にすることだ。これが分かれば人と仕事のミスマッチを減らすことができる。