厚生労働大臣が舛添さんだったから、政権が民主党に移る前で、2008年の頃である。救急患者のタライ回しなどで病院や医師が厳しく批判されたが、病院の医師の過重な労働の実態が明らかにされ、日本の医師数が諸外国に比べて少ないことが報道されると、問題の根源は医師不足にあると、世論の風向きは変わった。

これを受けて政府は、急性期病院の診療報酬を厚く改定し、医学部の定員数を増やすなどの手を打った。その結果、急性期病院の収支状況は大きく改善し、医学部の学生もこの5年間で延べにして4908人増えた。これらの対策がどう効いたのか、医師不足問題はメディアから瞬く間に消えてしまった。

診療報酬が上がれば、病院の経営状態はよくなり、医師の待遇も改善されるだろうが、医学部の定員は増えても、医師として働くのは6年後、一人前になるには10年かかる。要するに現場の医師数はまったく増えていないのである。一体全体医師は足りているのか、いないのか。

私は09年から3年間、厚生労働省の医師需給に関する研究班の班長を務め、その結果をまとめた。で、医師数は足りているのか、いないのか。

結論、これまでのような医療を続けてゆく限り、医師は足りない。しかし、高齢社会にあった医療に変えれば、足る可能性は十分にある。これが答えだ。これまでの医療とは、専門医によって徹底的に治す医療であり、高齢社会にあった医療とは、総合医や老年科医が全体をみて、必要な時に専門医につないでゆくという医療である。

若いころの病気は一つの臓器に一つの障害という特徴があるが、高齢者では老化という変化のうえに生活習慣病のような慢性的な障害が加わり、高齢になるほど、一人で5つも6つもの病気を抱えることになる。

もうおわかりかと思うが、一人の医者が高齢者の全体を診るのと、いくつもある病気のそれぞれを専門家が診るというやり方とでは、必要な医師数はまったく違う。しかも高齢者にとっては、老年科医などに全体を総合的に診てもらうほうがよほどよいということも分かっている。医師不足問題とは、頭数を数えればよいという話ではなく、どんな医療を目指すのか、そのためには、どんな医師をどれだけ養成してゆくのかという問題なのである。

(中日新聞 2012年6月29日掲載「長寿の国を診る」より)