これからの高齢社会がどうなるのか、どうすればよいのか、いつも考えている。とは言っても正直なところ問題が大きすぎて手に負えない。

医療業界で40年以上も生きてきたから、医療のことなら多少はわかっても、高齢問題ではほんの一部だ。早い話が、いくら考えても全体像を描くのは無理ということだが、では誰なら高齢社会の設計図を描けるのか。私はこの問題は、急激に増えた高齢期の多様な生き方とそれを実現できる社会システムをどう選択し実現してゆくかという問題で、行き着くところは日常生活の場である街づくり、地域づくりにあると思っている。

そして、超高齢社会とは、前例のない社会実験のようなものだから、どんな中身になるかは、市民、住民の参加のあり様によって決まるとも思っている。

何を考えるにしても、その大前提は、事実を正しく理解することだが、高齢問題では、どうも基本的な事実についての誤解が多い。例えば、歴史上、90歳以上生きた人はいつも時代にもいたと聞けば“えっ”となるのではないか。

要するに人間の寿命は、最近になって延びたのではなく、延びたのは平均寿命なのである。そして、ここからが肝心なのだが、いつの時代もいた高齢者はどうしていたのか。動くことのできるうちは、いくつになっても働いていたというのがその答えだ。年をとったら定年退職というのは、たかだかこの100年のことなのである。65歳以上を高齢者と決め、ある年齢で定年と決めたのは国であり、会社である。働かなくても生存権、生活権は憲法で守る、今は4~5人で一人の高齢者を支えていると言い、これから3人で一人、2人で一人を支える社会に向かうという。冗談ではない、自分や子どもが生きていくだけでも大変なのに、どうやって2人で一人の高齢者を支えるのか。そんな社会はあり得ない。

長い前置きになったが、私の考える街づくり、地域づくりはこうだ。高齢になるほど、自分のことだけを考え、どう生きるかは自分で決める。動けるうちは必要なものは自分で働いて整える。社会はその人に合った環境を準備する。動けなくなったら高齢者同士の互助と、家族や社会による支援の組み合わせで補い支え合う。これは夢想か、幻想か、はたまた妄想だろうか。私は大まじめである。

(中日新聞 2011年10月28日掲載「長寿の国を診る」より)