一般に年寄りは朝が早いとか、睡眠時間が短いと言われるが、江戸時代の儒学者貝原益軒(1630~1712年)の「養生訓」には、年をとったらできるだけ寝ないのがよい、昼寝などはしてはいけないとある。その理由については述べていない。

私の場合、20代から40代までは、文字通り、徹夜など当たり前の生活で、時間があれば、いつでもどこでも寝ることができたし、休みには一日中寝ていても苦ではなかった。年をとるにつれて、睡眠のパターンが変わってきたが、60を過ぎてからは睡眠時間も短くなり、朝の3時か4時には必ず目覚めるようになった。

「『長生き』が地球を滅ぼす」という恐ろしい題名の本を著した本川達雄先生は、睡眠時間は単位体重当たりのエネルギーの消費量に比例すると説明する。ネズミは小さいが動き回るために、エネルギーの消費量が大きく、一日の睡眠時間は13時間である。象は、体は大きいけれどエネルギーの消費が小さいから、睡眠時間は3~4時間と短い。この説でいけば、大人の睡眠時間は子どもよりも短く、エネルギーの消費が少ない年寄りはさらに短くて済む、と明快である。

さて、睡眠時間が短いのは結構だが、朝早いのはちょっと困る。こんな訴えを私どものセンターの精神科医にしたら、「目覚めてから起き出すまで嫌なことばかり思い出しませんか」とすぐに反応してくれた。実はその通りで、それが不快で困っているのである。起きるとも寝るともなく、うつらうつらしていると、浮かんでくるのは、過去の思い出したくもない嫌なこと、恥ずかしくて叫び出したくなるようなことばかりだ。良いことは何も出てこない。

長生きをすればするほど、思い出の量は多くなる。記憶を入れておく器に限界があるなら、忘れるものと残すものと何らかの選択が行われるはずである。とすれば記憶として残されるものはより衝撃の大きいものに違いない。そのうえ、嫌なこと、つらいこと、恥ずかしいことは、他人には言えないことだから、余計に蓄積されやすいのではないか。

私の友人にも早朝の悪夢に悩まされているのがいて、お互いにお前は罪深いやつだとけなしあっているが、案外、年寄りは寝るなと言った、貝原益軒も同じようなことで悩んでいたのかもしれない。

(中日新聞 2010年02月28日掲載「長寿の国を診る」より)