「大往生したけりゃ医療とかかわるな」という何ともすさまじい題名の本が、何十万部も売れている。題名に劣らず、小見出しがまたすごい。「医療が穏やかな死を邪魔している」「できるだけ手を尽くすはできる限り苦しめる」「介護の拷問を受けないと死なせてもらえない」「医者にとって年寄りは飯の種」などなど。よくもまあここまでと思わぬでもないが、それにしてもよく売れている。

最先端技術を駆使して「治す」ことにこだわりすぎてきた医療の弊害を指摘したものだろうが、いよいよ死がひとごとではない時代を迎えたということだろうか。二十世紀の医療が治すことにばかり力を入れ、人は死ぬという事実と正面から向き合うことを避けてきた結果がこうだと責められれば、反論しにくいのも確かだが、これまでの医療によって得た成果が国民や社会に果たしてきた貢献については、軽く考えるべきではないと思う。

私は厄年の年に、自分の人生が生まれて何ぼから、あと何ぼに変わったことを実感したが、還暦の年に死について考え始めてからは、死の想念がどこかに居着いてしまったような感じがある。

宮沢賢治は、「南ニ死ニサウナ人アレバ行ッテコハガラナクテモイイトイヒ」(雨ニモ負ケズ)と表しているが、「死は怖い」と感ずる気持ちは超えられるものだろうか。職業柄、実に多くの人の死をみとらせていただいたが、なかには思い出すたびに気持ちの安らぐ死がある。

三十代後半の頃、七十代の進行性の前立腺がんであったKさんの死も忘れられない。Kさんは入院治療を拒否され、生活に支障の少ない外来治療で通してきたが、がんの進行によって動くこともしんどくなり、「入院させてほしい」と訴えられた。入院して数日後の夜、私に会いたいと言う。「先生、本当に長い間世話になった、ありがとう。死ぬ時はちゃんと分かるもんだね。もう、何もしないでいい。死ぬのは怖い怖いと思っていたけれど、そんなことないよ」。「Kさん、何を弱気なことを・・・」。今ならこんな受け答えは決してしないが、当時の私には衝撃的な言葉を残して翌朝早くに亡くなられた。

どう生き、どう死ぬかは人それぞれだが、良い医師、患者関係は、人生を良く生き、締めくくる助けにはなると思う。

(中日新聞 2012年08月30日掲載「長寿の国を診る」より)