仙厓和尚(1750~1837年)による老人六歌仙の四番に、「聞きたがる、死にともながる、淋しがる、心がひがむ、慾ふかくなる」とある。私も高齢者である。周りから疎まれ嫌われたくはないけれど、俺の存在も忘れないでくれよ、という気持ちがちょっと分かるようになってきた。危ない兆候だ、ということで、今回は私事である。

実は、8月に入院、手術を受けた。外科医として少なくとも一万人を超える方の身体にメスを入れてきたが、自分が全身麻酔をかけられて手術台にのるのは初めてだ。外科手術は外科医が行う。ひとが行うことに完全はないから、外科医は確実な結果を約束しない、約束できることは、害するようなことはしないことと、誠心誠意、尽力することである。

結果はすべて手術を受ける側が引き受ける、それによって人生がどう変わろうと、自分が決めたことだ。だから、外科手術とは何かを知り尽くしている元外科医といえども不安である。

ところが、不安は、手術室に入り、顔にマスクをあてられたところまでである。次の記憶は、「(気管内の)管を抜きます」という麻酔医の声、その次は、手に点滴、鼻腔からの胃管、尿道にカテーテル、胸に心電図のモニターという状態で「いかがですか」というICUでの看護師の声である。

この間、苦痛はまったくない。それどころか、むしろ幸福感に包まれていた。文字通り裸の状態で、全てを他人まかせでこうである。医療スタッフの技術と優しさのたまものと言うしかない。

さて、感想である。第一に、高齢で手術が治療の選択肢となった場合、手術による治癒率が高いものなら、受けた方がよい。治る確率が小さい場合は、日常生活への影響を考えて治療法を選択する。第二に、手術と決めたら、先へ延ばさない。延ばして、身体状況がよくなることはない。第三に、どの病院でやるか。どんなに技術が素晴らしいと言われていても“この医者、厭な奴だな、この病院、感じが悪いな”と思う場合はやめた方がよい。第四に、懸案の病気を思い切って治したから、これで安心とはゆかない場合も多い。精密に検査するほど、新たな病気が見つかってしまうからである。結論、病気とのつき合い方によって、老いの生き方は大きく変わる。

(中日新聞 2010年02月28日掲載「長寿の国を診る」より)