九月七日に高齢社会対策大綱が閣議決定された。と聞いても、知る人は少ないのではないか。多くのメディアも取り上げていないから、知らないのか、知っていても報道する価値を認めないのだろう。大した話ではないのだ。

実は、この大綱は三回目で、最初のは、一九九六年だから十六年前だ。二〇〇一年に一度改定され、今回が二回目である。

なぜ、最初が一九九六年だったのか。高齢化を表す指標に高齢化のスピードがある。これは高齢化率(六十五歳以上人口の全人口に対する比率)が7%(高齢化社会)から14%(高齢社会)になるまでの年数で表すが、日本はこのスピードが著しく速く、七〇年から九四年の二十四年で達成した。

これがどれほど速いかというと、欧州で最も速いドイツが四十二年、イギリス四十六年、スウェーデン八十二年であり、フランスは百十四年(一八六五~一九七九年)かかっているのである。

同じ高齢社会と言っても、百年以上かかって高齢化が進む国と二十四年で実現してしまう国を、同じようには考えられない。これから日本はどうなるのか、これを知って、行政も政治家も、産業界も皆、驚いたはずだ。

これはただごとではない、このままいくと三十年後、五十年後にはわが国はどんな状態になるのか。これまでの考え方ややり方で心配ないのか。国のあり方、かたちについて、根本から見直さなくても良いのか。国民が健康で豊かで長生きのできる社会は実現できるのか。来るべき高齢社会について、真剣に考え備えなければならない。普通の感覚ならそうだろう。九六年の大綱には、そんな危惧や不安に裏打ちされた思惑があったのだと思う。

あれから十六年が過ぎた。今や、高齢化率24%を超え、断トツの高齢大国である。大綱とは「根本的な事柄、おおもと、大要」(広辞苑)だから、国はどんな高齢社会を目指すのか、これまでどんな手を打ち、これからどうしようとするのか。

高齢者が激増、出生率は激減、人口は減る、すでにわが国は例のない異次元の社会に入っている。世界の人口が増え続けているなかで、エネルギーの自給率4%、食料40%の自前では生きてゆけない国がどう生きてゆくのか。これまでの進歩、前進、開発という成長路線はどこまで続けられるのか、他の選択肢はないのか。その道筋が読み取れるかどうか。ぜひ、大綱を読んでください。

(中日新聞 2012年10月30日掲載「長寿の国を診る」より)