「えっ、とても人間扱いをしているとは思えない?私たちは法を犯しているわけでもなく、人助けをしているのに、なぜ文句を言われなければならないのか」。寝たきり高齢者専用住宅の実態を報じた記事(中日新聞五月二日付朝刊)を見て、こんな業者の言葉が浮かんだ。

まだ養生が必要だが、病状は落ち着いた、病院ではもうすることがないから退院してくれと頼まれる。さてどうすればよいか。

今、病院ではできるだけ早い退院を勧めているが、この背景には、高齢者が急速に増えているという社会状況がある。もともと病院は治療をする場所なので、高齢者の長期の養生や看取りのために病床が占拠されると、本当に治療が必要な人が入院できなくなってしまうからである。

退院するのはよいが、どこへ行けば養生ができるのか、自宅へ帰れば、家族が音を上げて家庭崩壊しかねない。老人施設や介護施設への入所は、施設の数が少ない上に、寝たきりの人は敬遠されるから、簡単ではない。八方ふさがりのこんな時に「安い家賃で入居できます、医療も介護も公的保険でみさせていただきます」とくれば、地獄に仏である。

海外へ渡っての臓器移植をあっせんする業者の話も似ている。「臓器を欲しい人がいて、一家を救うために臓器を売りたい人がいる、私たちは人助けをしているだけだ。皆が感謝しているのに何が悪いのか」。臓器売買は禁止されているから、臓器の提供者や仲介者への支払いは謝礼ということらしいが、どう言い繕っても商売である。

人の命のぎりぎりのところで、逃げ場を失った人たちを相手に「人助け」という名目の金もうけを仕掛ける。法や制度のすき間をついて、国民の命にかかわる医療や介護を単なる金もうけの道具にしていいのか、多くの人は、こういうのを必要悪と言うんだろうと、ため息をつき、黙ってしまう。人として許せないことだと分かっていても、口に出してしまえば、病人や家族をより苦しめることになることも分かるからだ。

論語に「民免れて恥なし」という言葉がある。法に触れなければ何をしてもよいという政治のもとでは、恥を恥と感じない人が横行するようになることを言う。私たちの国は恥知らずが、法や制度をもてあそぶような国になってしまったのだろうか。

(中日新聞 2010年5月28日掲載「長寿の国を診る」より)