誰も言ってくれないから自分で言うしかない。おめでとう!月に一回、八年四カ月、「長寿の国を診る」は今回が百回目である。よく続けてこられたと感心しているのである。

気持ちが切れなかったのは、「同感だ、よく言ってくれた」「毎月、楽しみにしている」と言ってくださる方たちがいたからだろう。褒めることは、ひとをその気にさせる最良の処方箋だ。

まあしかし、貴重な紙面を使って、自慢話のようなことを臆面もなく繰り広げるとは、老いの兆候ではないか。と多少の自覚はあるのである。

さて、百回もの連載で私は何を言ってきたのか。一言で言えば、人類史上、例のない「長寿の国」に向かっている日本の社会は激変する。しかも残された時間は長くはないから、来るべき事態に備えないと大変なことになる、ということに尽きる。

どうすればよいのか。個人では、高齢期の三十年間をどこでどのように生き、どのように死ぬかまで考えた人生設計をつくらなければならないこと。社会としては、人口が今の三分の二にまで減り、高齢者が半分近くにまで増える社会に合うように社会のシステムや制度を再構築しなければならないということである。

二十世紀は科学・技術至上と個の解放という合言葉のもとに、進歩、前進という旗を掲げ、成長こそが価値であると走り続けてきたが、それによる成果ばかりを追ってきたために、成長によって生まれた負の部分に手を入れることを怠ってきた。二十一世紀の「長寿の国」では、そのツケも払わなければならないだろう。では、誰がやるのか。

吉田兼好は三十七歳のころに、「命長ければ恥多し。長くとも 四十 よそじ に足らぬほどにて死なんこそ、めやすかるべけれ」(徒然草の七段)と達観したようなことを言っていたのに、五十歳ごろには「老いて智の若き時にまされること、若くして かたち の老いたるにまされるが ごと し」(百七十二段)と、年寄りの知恵は捨てがたいと急変して、老いを賛美し七十歳まで生きた。六百年以上も前のことである。

今の七十歳は、二十年前の六十歳以上の力がある。そして、高齢者には、知恵だけでなく技術も経験もある、何よりも時間がある。これからの社会の最大の財産であり資源なのである。社会に参加し、率先して動き、人生九十年時代の生き方、死に方を次の世代に伝える。高齢者の責任である。

(中日新聞 2013年4月28日掲載「長寿の国を診る」より)