テレビで見ていた、あの津波の中に、一万人を超える人の死があった。こんな時には何をどう言えばよいのか。言葉がないとか、言葉を失うと言うが、本当だ。被災された皆さまに心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。

天災はいつも予測を超え、想定を超えて不意に来る。昭和三十四年、高波が人家をのみ込み、五千人以上の人命を奪った伊勢湾台風に見舞われた時、私は中学二年だった。親類や知人の支援に被災地へは三度入ったが、泥水に浮かぶ遺体や校庭に並べられた多くの遺体をこの目で見た。自然の脅威が、人知を超えたものであり、人間による制御には限りがあることを思い知ったのはこの時からだ。今回の千年に一度、マグニチュード9.0、十五メートルを超える大津波も「想定外だった」のであり「ありえない惨事になったがどうにもならなかった」のである。

だが、原発の事態は想定外ではない。放射線がどれほど危険か分かっていて造った施設であり、造らなければ壊れようがないからである。どんな衝撃にも耐えられる、安全にまったく心配ない。国民にはこう説明し続けたはずだが、安全性の限界を想定せずに造るわけがない。「想定が甘かった」のである。

今後、原子力発電は根本から見直されることになるだろうが、エネルギー問題はどうなるのか。電気は人の生存・生活だけでなく社会のあらゆる分野に不可欠なインフラである。技術は後戻りできないが、原子力の代わりはあるのか。人は一度手に入れた便利さや快適さを手放すことができるのか。

私たちは、電気は欲しい、だけど、あれも嫌これも嫌ではすまない時代に生きているのである。人間の欲が技術の開発を促し、新しい技術が新たな欲を生む。この成長の循環を国際競争、生き残りをかけてという掛け声で加速し続けてきたが、今回の災害は性急な開発、成長がその代償として大量の死を求めることがあることをあらためて如実にした。

そんなに急いで、私たちはどこへ行こうとしているのだろうか、立ち止まってみることも必要なのかもしれない。

原子力災害は拡大の防止がすべてであり、誰かが命を懸けて現場に行かねばならない。国や国民の命を守ってくれているのは、いつでもこのような方たちだ。ただただ頭が下がる。御無事を祈る。

(中日新聞 2011年3月30日掲載「長寿の国を診る」より)