震災からの復興が長期化するのは誰の目にも明らかとなったが、今後をどうするのか。今すぐにしなければならないことと、中長期的に考えなければならないことがある。今どうするか。これには避難生活を送る方たちの生命の危機に対しどうするか、早く人並みの生活に戻れるようにどうするかがある。

今回の災害では、津波によって生と死が一瞬にして分けられるため、建物の崩壊等によって生じる外傷は少なく、医療面での大きな問題は、避難生活による高齢者の衰弱化と重症化である。急激な環境の変化が最初に襲うのが高齢者であり、今も多くの高齢者が立ち直れずに、生命の危機にさらされている。この方たちに必要な支援は危機対策であり、とにかく早く日常の生活に戻すことである。

復興構想会議では、中長期的な将来計画をどうするのか、政官民一体となって復興案を策定して、現地の方たちに早く届けるべきだ。先の見えない忍耐ほどつらくもろいものはない。体力の消耗が気力を奪い、気力の衰えが体力の低下を加速するが、高齢であるほど回復は難しく、高齢者が災害弱者であることを肝に銘じなければならない。

計画では、何よりも高齢大国である日本がこれからどのような国を目指すのか、どのような社会に向かうのかを明確にすることだ。

計画の中心に置くのは言うまでもなく、人である。前人未到の超高齢国に向かう、この日本に生まれ、生き、最後は良い人生だったと死んでゆけるような社会とはどんな社会か。年をとれば誰もが衰弱し、死ぬ。これほどか確かなことはないから、いくつになっても安全で安心して住みやすい社会、援助が必要になっても居場所のある社会、三十年、五十年後を見据えた街づくり、地域づくり、国づくりを望みたい。全体像に合意ができれば、地域の具体的な姿も見えてくる。

ともかく非常事態である。何とかしよう、やれることはやるぞ、国民の士気は高く、今こそ、国中の力を結集するときだ。こんな国運がかかっているときに、政治が落ち着かないのはしらけるばかりだが、高まっている機運をなえさせることだけはしてはいけない。滅入(めい)ってくると、底に穴が開いて浸水している船の上でけんかをしているような風景が見えてくるのである。

(中日新聞 2011年4月29日掲載「長寿の国を診る」より)