若い人たちに言っておかねばならぬことがある、 勃然 ( ぼつぜん ) として、そんな気になった。若い人たちとは、子供たちから青年、そして三十代、四十代の人たちのことである。毎年、年の初めに、この先自分はどうなるのか、どうすればよいのかと考えるが、今年は還暦を越えたせいか、あと長くても三十年か、短ければ十年ないかもしれないなー。そう思ったその時である。

今の日本は人口の20%、五人に一人が六十五歳以上という高齢社会である。これからも高齢者がどんどん増え続ける。十四年後には三人に一人(33%)になると予測されている。こんな社会は世界中、歴史上、どこにもない、人類が初めて経験することである。生物は生まれて成長期を終えると、自立して親から離れ子供をつくり育て、子孫を残して死ぬ。人間も寿命が五十歳のころは、生物のこんなライフサイクルに似ていた。ところが、寿命が八十歳、九十歳となってくると、子孫を残すという生物としての基本的な役割を終えてから後の人生が異常に長い。欧州各国では六十五歳以上の人口が7%から14%になるのに四十二年から百十五年もかかってゆっくりと増えてきたが、日本はこれを二十四年間で達成してしまった。そのためもあってか五人に一人、三人に一人が六十五歳以上という社会がどんな社会なのかさっぱり分からない。分からないけれども、実際にはすでに深刻な問題が起こり始めているから、高齢社会がただごとでないことだけは分かる。そして時間だけは確実に過ぎ、誰もが年をとり、さらに老人が増える。この事態にどう対応すればよいのか、参考にできるものはどこにもないのである。

年をとると、当たり前のことが本当に分かるようになる。第一に、年をとればとるほど確実に身体が衰えてゆくこと。第二に、身体が衰えて人の世話にならなければならないのはつらいということ。第三に、人は誰もが同じ道を通って死に至ること。そして、願わくは、この国に生まれて良かったと死んでゆきたいと思うことである。今は十五歳、二十五歳で先のことなど分からないだろう。だが、三十歳になって分かること、四十、五十になって初めて分かることが間違いなくあるということを覚えておいて欲しい。そしてわけが分からずに生まれ、死ぬということだけが確実なのに、物心ついた時から、人生とは何か、生きる意味とは何かについて、多分死ぬまで考え続けるであろう人間とは一体何なのか。その上、生物学的な役割を終えた後、何十年も生き続けるとはどういうことなのか。なぜ、人だけにこのようなライフサイクルがあるのか。考えてほしい。そして、子供と大人、大人と老人、老人と子供との関係とは何なのか、どうあるべきか、そんなことはどうでもいいことなのか、考えて、考えて、考えてほしいのである。

(中日新聞 2006年1月31日掲載「長寿の国を診る」より)