「災害時の支援活動において的確な判断をするには、とにかく一刻も早 く現地へ行くことです」と話すディビッド・キャンベルさん(73歳)。その言葉通り2004年スマトラ沖地震、2011年東日本大震災、2013年フィリ ピン巨大台風などが起きた時は米国からすぐに現地へ飛んだ。大手コンピュータ会社などで管理職や役員として約40年働いた後、災害支援を専門とするボラン ティア団体を設立したキャンベルさんの刺激とチャレンジに満ちたセカンドライフを取材した。

「スマトラ沖地震で人生が変わった!」

今から10年ほど前の2004年12月26日、インドネシア西部スマトラ島を震源とした津波はインドネシア、タイなどに押し寄せ、死者約22万人、行方不明者約7万5千人を出す大惨事に発展した。

米国マサチューセッツ州の自宅でこのニュースを見たキャンベルさんは衝撃を受けた。そして、「とにかく何かをしれければ…」と思い、すぐにタイへ行くことを決めたという。

「このような突発的な事件で、人はそれまでとは異なる考え方をすることがあるのです。東日本大震災が起きた時、多くの日本人が“自分に何かできることはないか”と考え、行動を起こしたでしょう。同じようなことが私にも起きたのです」。 ちょ うど、40年に及ぶ企業人としての生活を終え、それまで培った経験やスキルを使って社会のために何かしたいと考えていた時だった。キャンベルさんは1度も タイへ行ったことはなかったが、いろいろ調べて大災害の中でもインターネットは使えることを確認した。それだけで十分だった。

現地でインターネットを使ってボランティアを募集すると、すぐに何百人も集まった。同時に支援を必要とする人たちの情報を集め、その人たちの所に支援が届くように調整した。支援したい人と支援を求める人のマッチング作業だが、これには企業で働いた経験が役立った。

それから崩れた家の修理や片付け、がれきの撤去などを行う道具類を提供し、ボランティアが食事をしたり、寝たりする活動拠点を作った。タイには1週間の予定で行ったが、結局1カ月滞在した。

翌 2005年8月、今度は米国南部諸州が巨大ハリケーン「カトリーナ」に襲われた。キャンベルさんは仲間と共にミシシッピー州ビロクシーに活動拠点を作り、 1500人のボランティアを集めて支援活動を行った。この時はタイでの経験が役立ったが、これらの活動を通して自分たちのやり方が災害時の支援に役立つと 考えた。そして2005年末、災害支援専門のNPO団体「オール・ハンズ・ボランティア」(マサチューセッツ州マタポイセット、以下、AHV)を設立した。

AHVはこの10年間で約2万8000人のボランティアを集め、米国内外45カ所の被災地に派遣した。その中にはフィリピン、ペルー、バングラデシュ、ハイチなどに加え、米国内でハリケーン、洪水、竜巻などに襲われたニューヨークやデトロイトなども含まれる。

AHV の有給スタッフは設立当初は数人だったが、2014年12月現在十数人に増えた。その他、プロジェクト毎にスタッフを30~40人雇う。運営資金は主に寄 付で賄っている。東日本大震災で東北の支援活動をした時はボストンの住民が資金集めをしてくれたり、在日米国企業が寄付してくれたりした。

2010年1月に大地震が発生したハイチでの支援活動(左側:幼い少女を抱えるキャンベルさん 中央:濃紺のシャツを着用しているのがキャンベルさん)
2010年1月に大地震が発生したハイチでの支援活動(左側:幼い少女を抱えるキャンベルさん 中央:濃紺のシャツを着用しているのがキャンベルさん)