前回紹介したベビーブーマー世代のシンクタンク「アンコア」によれば、50~70歳の米国人の約半数は、「仕事を通して社会に貢献したい」と考えているという。アンコアでは、リタイアした人が個々の経験やスキルを使ってNPOなどで働けるように支援する有給の実習制度「アンコア・フェローシップ・プログラム(EFP)」を2009年に始めた。この制度を使って大企業からNPOに移り、新しい人生の喜びと目的を見出した人たちを紹介しよう。

企業で培った経験を社会のために活かす

ボランティアと一緒に科学の教材づくりをするクリスティ・ワードさん(右端)

米大手パソコンメーカーのヒューレット・パカード(カリフォルニア州パロアルト 以下、HP)で30年以上マーケティングの仕事をしてきたクリスティ・ワードさんは2012年8月に54歳で早期退職した。HPでの仕事や収入などには満足していたが、セカンドライフは社会のために役立つ仕事をしたいと考えたのがきっかけだったという。

クリスティさんはしばらくのんびりした後、アンコアのEFPに申し込むと、希望に合ったNPO団体を探してくれた。リソース・エリア・フォー・ティーチング(カリフォルニア州サンノゼ 以下、RAFT)という学習支援団体がマーケティング経験を持つ人材を求めていることがわかった。彼女は早速面接を受け、2013年4月から1年間、週20時間のパートタイムで働くことになった。

クリスティさんのような人は、専門スキルを持っていてもNPOで働いた経験がないので少し不安がある。一方、NPO側としても専門スキルを持つ人材は欲しいが、企業での経験しかない人を雇うのはリスクもある。そこでEFPを使えばフェローシップ(実習)という形で試し、お互いに気に入れば雇用契約を更新できるので両者にとって好都合なのだ。

RAFTは体験型のハンズオン学習の教材を学校や教員などに提供し、その教材を使った授業の進め方など教員に向けてのトレーニングも行っている。特に科学、技術、数学の学習支援に力を入れ、カード紙やクレヨンなど豊富な教材を使って生徒の興味や好奇心、創造力を高めていくのが特徴だ。科学の授業では、生徒がボトルキャップを車の車輪にしたり、チェッカーゲームの駒にしたりして創造力を刺激し合っているという。

生徒たちは教材を使って何かを作ったり、学んだりすることで、科学や数学などへの興味や好奇心を高めることができる。その経験は彼らのその後の人生にもずっと役立つだろうというのがRAFTの考え方である。

RAFTはスタッフ40人の小さな組織で、業務運営などもHPとは異なり、クリスティさんは最初戸惑った。マーケティング担当なのに教材の在庫管理から値付けまで何でも自分でやらなければならなかったりするからだ。でも慣れてくると、組織全体について学ぶことができるので楽しくなったという。

RAFTは幼稚園から中学校までの教員1万2000人にハンズオン学習の教材を提供している。公立学校だけでなく、地域の放課後学習支援センター、ガールスカウト、ボーイスカウト、移民者対象のアダルトスクールなども含まれ、年間約90万人の生徒がその教材を使って授業を受けている。

クリスティさんの専門スキルはRAFTでも活かされている。2014年の活動計画では主な活動プランを時系列に並べてカレンダーを作り、個々の最新情報をホームページでどんどんアップするようにした。その結果、組織内の全スタッフが自分に関係ない他の部署で何が行われているかを詳しく知ることができ、積極的に協力したり応援したりするようになった。組織全体で同じ目標に向かって進んでいるという一体感を高めることができると好評だという。

また、顧客である学校や教員、寄付者などへの情報提供を密にし、組織の透明性を高めた。RAFTの活動状況や新しい教材などに関するプレスレリースを毎月2回発行し、新聞、雑誌などに掲載された記事をホームページにアップするようにした。

クリスティさんはHPにいた時は個人的に顧客と関わることはなく、会社の製品がどう使われ、どう役立っているのかを直接知ることはなかった。でも、RAFTでは教員や生徒の反応を実感できるのでうれしいと話す。 「子どもは私たちの社会の将来を担っています。彼らが良い生徒になり、良い大人になり、社会に貢献するスキルを身につけるための支援をすることに大きなやりがいを感じています」。

彼女は2014年3月に実習期間を終え、4月からフルタイムのスタッフとなった。収入面ではHPの頃よりも落ちるが、社会に直接インパクトを与える仕事ができる喜びに比べれば大した問題ではないという。