敷地内の建物の壁には大きな緑の葉の「追悼ツリー」が描かれていて、そこに亡くなった人の名前を書き込んでいく。私が取材した時点ですでに数百人の名前が刻まれていた。たとえ孤立死だったとしても彼らは他の仲間と同じ枝・幹でつながっているので、もはやひとりではないということだ。

メモリアルの後で、故人と長く疎遠になっていた家族や親族がMDHHを訪ね、追悼ツリーに刻まれた名前を見たり、思い出話を聞いたりして涙を流すこともあるという。エングルスタイン氏は、「彼らは恐らく故人と長く連絡を取らなかったことに罪の意識を感じている。でも、故人を本当に気にかけ、最後まで面倒をみてくれた人たちがいたことを知って少しは救われた気持ちになるのでしょう」と話した。

「追悼ツリー」には多くの名前が刻まれている
「追悼ツリー」には多くの名前が刻まれている

人を助けることで自分も救われる

MDHHには毎日大勢の人がやってくる。しかし、彼らの多くはただ食事をするだけでなく、他の人と話をしたり、つながりを持ったりすることを求めている。中には食事は単なる言い訳で、本当の目的は人とのつながりだという人もいる。

しかし、つながりを求めているのはエングルスタイン氏も同じだという。彼は愛する妻と二人三脚でずっとやってきたが、その妻を6、7年前に失った。MDHHでボランティアやゲストの人たちと一緒にいると、心にぽっかり空いた穴を少しは埋めることができるという。

エングルスタイン氏はMDHHを運営するための資金集めや食材の確保、ボランティアの募集などで忙しい毎日を送っている。「でも、他の人に食事やつながりを提供することで、自分も人とつながることができる。達成感もあるし、とても気持ちが良い」と話す。

彼には遠く離れて暮らす娘がいるが、老後の面倒をみてもらいたいとは思っていない。スープキッチンの人たちが家族のような存在なので、彼らと最後まで一緒に過ごしたいという。

「おみおくりの作法」のジョンも、ひとりで毎日同じメニューの夕食を食べるような生活をしている。もしかしたら彼は孤立死した人たちの想いを大切にした葬儀を行うことで、自身も救われた気持ちになっていたのかもしれない。

ジョンは自分が弔った故人の写真を家に持ち帰り、自分のアルバムに貼っていた。この場面から私が想像したのは、孤立死した人たちはジョンの心の中でずっと生き続けていくのではないかということだ。サンフランシスコのMDHHの追悼ツリーに名前を刻まれた人たちが他の仲間とずっとつながっているように、である。

たとえひとり寂しく亡くなったとしても、死後はひとりではない。誰かとつながっているし、誰かの心の中でずっと生きているから…。そう思えるような葬儀や追悼メモリアルをしてあげることが、孤立死した人たちに尊厳を与えることになるのかもしれない。