先日、外出先での会合の前に時間があったので、喫茶店でカフェラテのMサイズを注文したのだが、時間内に飲みきれずに残してしまった。せめてSサイズにすれば良かった。もったいない。

医療データを利活用しようという機運の高まりを、高齢化社会や健康志向の視点で説明するともっともらしいのだが、実際はもっと単純な構図だろう。せっかく電子上に捨てていない医療データがあるのだから使わないと“もったいない”。あらかじめ綿密な計画があったわけでなく、そういうことだと思っている。

加えて、このところの法整備が進んだことで、難しかったプライバシー保護との折り合いに目途が立ち、活用に慎重派の人たちからもどうにか容認されつつあるのが、昨今の盛り上がりの正体だろう。

今回は、医療データが電子化され始めた頃から今に至るまでのIT技術の進歩を振り返り、また、プライバシー保護とはどのようにして折り合いがついてきたのかを整理してみたい。さらには国際社会の中にあって、日本がこれから医療データの活用とどう向き合っていくべきなのかについても、私なりの考えを述べたいと思う。

情報爆発

「爆発」という言葉がしっくりとくる。IT産業界ではムーアの法則なるものがよく知られており、これを専門家からのご批判を覚悟でザックリというならば、「IT技術は15カ月で約2倍に進化する」法則である。激安で販売している商品を見つけるサービスサイトによると、外付けハードディスクの売れ筋1位の商品は、3TB(テラバイト)で約1万円である。1995年頃の相場では1GB(ギガバイト、0.001TB)が75,000円ほどだったらしく、もしそうだとすると現代では1万円で手に入る3TBのハードディスクは、1995年にタイムスリップすれば2億円以上の商品ということになる。

反対に当時75,000円もした1GBのハードディスクは、現代で仮に販売するなら3円程度だ。これだけのスピードで生じている価格破壊は、まさにムーアの法則という言葉がピッタリくる。

ハードディスクの指数関数的な価格破壊に伴って、我々はもはや電子化されたデータを削除する労務をサボり始めて久しい。となると、「このままデータを活かさないのはもったいない」という心理が芽生えてくるのは必然ともいえよう。しかるに、すでに数多の産業界ではこうした電子化され、単に捨てられていないデータを活かす工夫がこれまでなされてきた。

特に象徴的なのは、こうしたデータをいわば“食料”とするAI(人工知能)技術の隆盛であろう。IBM社のワトソンがクイズ番組を制したのも、アルファ碁が囲碁の名人に勝ったのも、それぞれ過去に出題されたクイズ問題や棋譜を食料としたからである(もっとも、次世代となるアルファ碁ゼロは過去の棋譜すら要らない段階まで進んでしまい、人間から学んだアルファ碁では歯が立たないらしいのだが)。

もちろん、電子データの活用はこうしたエンターテイメント産業やAIの食料という部分的な活用にとどまらない。ただ、産業界においては、仮によりスマートな活用方法が開発され利用されていたとしても、例えば特許を取得するために競合他社にその発明、発見をさらすようなことは必ずしも得策でない場合も多い。アカデミア業界のように研究で発見した成果をいち早く世間に知らしめようとする力学とは勝手が違うところがあるのだ。

こうした産業界における競争原理を前提とするならば、もはや医療産業を除く数多の産業では、水面下でこうした電子データは様々に利活用され、もはやなくてはならない競争差別化の源泉となっていることが容易に想像されるだろう。