日本中の医療系データベース(Data Base:DB)が一体いくつあるのか、それを調べようという話が、とある会議であった際に「それは伊能忠敬さんの事業のようなもので‥‥」と私が申上げたことがある。突飛な例え話であったせいか、皆さん大笑いであった。実際に足で歩いて海岸線を描こうなどというのは、江戸時代の当時のみならず現代においても至難の業だろう。特段、「海岸線」という実在するような、しないようなものを実線で描くことは絶望的に思えてしまう。

医療DBの個数を数えることもこれと同様で、絶対数が多いので作業の労務が大変だという意味だけではなく、存在しているとする線引き、その定義化が難しいのだ。単に電子化され捨てられていないだけのデータなのか、それとも相応に2次活用を想定した、医療DBと呼称するに値するものなのか。波の打ち際同様、それはまた日々刻々と増えたり消えたりしていることだろう。

今回はまずその境界線が存在しない-哲学的に言い換えるならば、正しい個数は実在しない-という前提に立って、いくつか代表的な医療DBを紹介しよう。

医療DBの一覧表

医療DBはその利用目的が様々であり、であるが故に、その目的に応じて利用したい、利用できそうだという医療DBは人によって異なるだろう。私は薬剤疫学分野を生業としているので、よく利用しているのは下記のサイトである。

 ■日本薬剤疫学会サイト

日本における臨床疫学・薬剤疫学に応用可能なデータベース調査
医療データベースの一覧表

先に述べた通り、存在の「境界線」というのが案外と厄介で、ここではタイトルされているように、「日本における」という条件がまずあり、「臨床疫学・薬剤疫学に応用可能な」ものがリスト化されているということであり、さらには一覧表の上部にある「学会のアンケートにご回答いただいた方からの情報」ソースという条件が加わる。故にアンケートに答えた方が利用できているとしても、他の人ではアクセスすることが許されていないということもあるだろう。それでもこのサイトの有益性は疑いなく、研究者の視点に立って評価ポイントが列挙されているところも良く、定期的に更新もされている。ちなみに、現在は画像タイプの一覧表となっているが、今後は検索機能の追加等、より取扱いやすいようにアップデイトをする可能性もあると聞いており、今後の利便性向上についても期待している。いくつかの医療DBをこの中から取り上げてみよう。

 ■MID-NET

一覧表の先頭、左端にあるのがMID-NET(Medical Information Database Network)だ。本コラムとシンクロするように、ちょうど2018年4月より製薬企業でも利用が可能となった。私も長い間、本プロジェクトに製薬企業の立場で出席させていただいた浅からぬ仲(?)でもある。

本プロジェクトの発足の契機は薬害の再発防止であり、薬害という悲劇があったからこそのスタートであり、目的がはっきりとしている。薬害が再発すれば本プロジェクトは失敗であり、本プロジェクトが失敗すれば薬害が再発するという理屈だってあるだろう。責任重大だ。

2010年にまとめられた「薬害再発防止のための医薬品行政等の見直しについて(最終提言)」を受けて立ち上がった懇談会(医薬品の安全対策等における医療関係データベースの活用方策に関する懇談会)にて、大規模な医療DBを用いた薬剤疫学的手法による医薬品の副作用監視活動を具体化させたものがこのMID-NETだ。薬害と副作用との区別を明確に説明することは案外と難儀なことであるのだが、ここでいう薬害は「どうにかすれば最小限に防げたであろう、甚大な副作用被害」としておこう。これを防ぐ、あるいはいち早く見つけるには何よりまず薬剤疫学の手法導入が不可欠なのであるが、日本では未だ途上にあり、今でも多くの適切とは思えない活動がたくさん行われている(数千例、数万例規模の比較対照群のない観察研究など)。

加えて、欧米では当たり前ともいえる気になる副作用シグナル(副作用かもしれない、甚大な副作用の広がりの予兆かもしれない等)を見つけたり、確認したりする医療DBが我々製薬企業の副作用監視責任部署内にはほとんどアクセスできる環境がないという状況もある。MID-NETはこうした状況、つまり「このままではまた薬害が起きてしまう」ことを打破する打ち手の1つである。先の“最終提言”を一部引用しよう。

“このような、膨大で多様な安全性情報を医学・薬学・薬剤疫学・生物統計学・情報工学等の専門家が効率的・効果的に活用できるよう、組織・体制の強化を図るとともに、電子レセプト等のデータベースから得られた情報を活用し、薬剤疫学的な評価基盤を整備することが必要である。”

つまり医療データが活用できるように、そしてそれを適切に利用できる薬剤疫学、生物統計、情報工学の専門家が副作用監視業務に関われるようにという考えが根底にある。本プロジェクトも開始から順風に進んできたわけではなく、スケジュールの遅延等について、例の「事業仕分け」の議論-要するに廃止論-があったり、未だ目標値である1000万人には遠く及ばない状況でもあったりはするが、日本の副作用監視の在り方を適正化するための象徴として存在している。先人の思いが詰まった本プロジェクトの成功を願うばかりだ。

【参考】
 薬害再発防止のための医薬品行政等の見直しについて(最終提言)平成22年4月28日
薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政の在り方検討委員会
p57[電子レセプト等のデータベースの活用]より