■NDB

一覧表の中にあっても、特段そのポテンシャルの大きさへの期待と、一方でその期待に対して未だ十分な活用がなされていると言い難いのが、NDB(レセプト情報・特定健診等情報DB)だ。正しい名称はNational Database of Health Insurance Claims and Specific Health Checkups of Japanというそうだ。

ところで、「レセプト」という用語は一覧表にも多く記載されているが、これは要するにスーパーのレジで貰う「レシート」と同義である。特に薬剤疫学分野の研究では「とにかくお金のやりとりが発生したらしいことは疑いのないこと」という意味でヒトによる思い込み、入力ミス、ねつ造、記入漏れ、化粧(事実よりも美しく見せるための見栄)などの入り込む余地がほとんどないことから世界中で利用されている。

レセプト(レシート)データの活用は他の産業でもよく知られているところで、大手コンビニエンスストアではこのレシートDB用に、お客さんの性別と年代を打ち込む作業を義務化しており、マーケティングに利用していると聞く。「紙おむつと缶ビールを近くに置くと売り上げがあがる」といった都市伝説のような研究結果も巷では知られており(事実ではないようなのだが)、レシートデータの活用はもはや競合との差別化に欠かせないものになっていることだろう。

脱線ついでにいえば、レジ打ちの際のお客さんの性別と年代についての確からしさは、その他の商品コード、金額、個数、日時と比べ、お金のやりとりとは直接的に繋がらないため格段に信用レベルが下がる。お客さんが行列をなしているような忙しい時間帯では、「男性、30代」ばかりを打ち込んでいる可能性が否定できないからだ。医療分野に関わらず“リアルワールドデータサイエンティスト”は、こうした人間の振る舞いに気づけなければ役に立たない。

さて、我々の分野でいうところのレセプトとなると、正確にいえばお客さんとなる患者さんと医療機関とのお金のやりとりのレシートではない。国民皆保険制度のもと、我々が患者の立場の際には医療費の3割がお金のやりとりとなり、残りの7割の請求をしないと医療機関としては満額の収入にはならないわけで、この請求を国(保険者)に行う。その際にチェックする機関である審査支払機関にそのお金のやりとりの情報が残ることになり、これがNDBのソースとなっている。NDBは1億人、全日本人のこうしたレセプトデータを対象としており、そのデータ量は桁違いである。(※)

例えばMID-NETの利用目的である医薬品の副作用監視目的で、仮にNDBが利用できるのであれば、医薬品の処方後に発生したレセプトから、あらぬ副作用の発生をシグナルとしてキャッチすることが可能であり、シグナル検出のアルゴリズムを自動化できれば国内の全ての医薬品について、例えばその飲み合わせによる副作用の増悪や、長期的な副作用の監視を国家レベルで効率的に自動化できるかもしれない(MID-NETは転院されるとその後はわからない上、残念ながら10拠点23病院の情報に留まる)。そもそもの、病気の名称毎に日本では何人が有病しているのか、年間では新規に何人が発生するのか、それが10年前と今ではどれだけ変わっているのか、ベースとなる情報を知ることも可能だ。

NDB活用の現状はどうかといえば、以前、日本製薬工業協会(製薬協)として上記のような活用の打診をしたのであるが、ほとんどその期待には応えていただけない事情であることが痛いほどよくわかった。継続した観察は物理的な労務負担等の理由で対応できず、あくまで任意の1カ月のレセプト情報だけしか利用できなかったり、何せ数十億行ものデータ量であり、作業負担軽減の視点で「薬剤を絞れないのか」といった打診もあり(それでは目的を果たせない)、さらには技術者の不足もあるのか、我々製薬協サイドが自らプログラムを提供せざるを得なかったり、結局のところ依頼から結果が出るまで何年もかかった割には当初に期待していた上記のような要望とは残念ながらでき上がりは妥協に妥協を重ねた、全く別物となってしまった。

また、別途、「オープンNDB」なるプロジェクト展開もされているのだが、ここで公開されている医薬品の情報は処方数のランキングのようなものでしかなく、製薬企業での活用場面として、営業部門の支店長会議にて不調な都道府県担当者を叱咤することには使えても、副作用を監視したいという製薬協の要望とは随分と趣が違う。本プロジェクトはデータが大容量の割に人も予算も限られているらしく、工夫次第では世界を代表する医療DBにもなれそうにも思えるだけに歯がゆいところだ。

なお、NDBの生まれた背景は、行政内の医療政策がうまくいっているのかどうかを確認したいというニーズからのもので、建付けとしては「高齢者の医療の確保に関する法律」の下での利用ということになっている。仮に上記のような用途を申請したとしても、社会公衆衛生に資する目的ではあっても、「高齢者の」とされるこの法律に準じた利用とは言い難い。広く活用するには法規のところの建付けから見直さなければならないだろう。

 医科レセプト、DPCレセプト、調剤レセプト、歯科レセプトの4種を含む。電子ではなく紙でのやりとりをされているレセプトを含まない。平成26年9月の診療分まで86億件を超える「レシート」を含む。特定健診・特定保健指導に関する紹介は今回、省略した。