患者さん側

医療する側ではなく医療される側、治療を施される側での医療データ利用のニーズは、恐らく自身の治療やその周辺に関するサマリー情報だろう。自身の病気と同じ人はどのくらいいるのか、その性別や年齢はどうか、そして治療薬は自分と同じなのか違うのか、副作用が出ているのかどうか。また、臨床検査値や各種生体情報の経時的変化がどのようになっているのかを表やグラフで簡潔に報告してもらえたら満足度は高いだろう。

こうしたニーズに対して、紙媒体のカルテから対応するのは困難だろうが、電子カルテシステムが導入されているならば、そのシステム仕様にもよるが容易に対応できることかもしれない。ちなみに、電子カルテの主たる目的を「紙カルテの代用(ワープロ)」と考えるならば、表やグラフ化は「主たる目的外」であるので2次的な利用なのだろうが、電子カルテシステム導入の動機としてこうした活用も含めていたとしたら主たる目的、つまり1次利用ということになる。このような、主たる目的により近い使い方に対して「1.5次利用」という造語まである。

製薬企業等の産業側

医療現場の主役は医療従事者と患者さんであって、他は脇役、部外者の立ち位置となろうか。その中にあって製薬企業や医療機器メーカー、あるいはそれをサポートするCRO(Contract Research Organization)産業のような周辺のビジネスプレイヤーは、これから医療データ提供サービスを考えている人にとっては大きな資本を所有する重要顧客の候補でもある。製薬産業分野での利用目的については、およそ下記の5つに集約できそうだ。

(1)創薬のヒント
特に遺伝子、ゲノムデータの活用が待望されるところではあるが、単純に医薬品を処方した後に生じた種々の情報から創薬のヒントが生まれることもある。例えば、増毛剤のミノキシジルは元々、高血圧の治療目的であったものが、“副作用”として増毛がみられたことから開発が進められたものであり、まつ毛貧毛症治療薬のビマトプロストは緑内障治療の“副作用”がヒントになったと聞く。

無論、医療データの中に「髪が増えた」情報が処理しやすい形で格納されることは難しいと思うが、それでも診療録等にコメント記載が複数件あればシグナルに気づける可能性はある。また、臨床検査値の一部が思いがけず正常値に近づくような“副作用”の観察は十分可能であり、ゲノムデータがなくとも創薬ヒントに繋がる可能性はある。

(2)疾患領域の市場の大きさ
製薬産業や医療機器産業に関わらず、数多の産業にとって、市場がどの程度の規模であるかは重大な関心事である。特段、製薬産業に固有な視点でいえば臨床試験を行う前段階での、処方候補となる病気の患者さんがどの病院で多いかといった興味である。これは臨床試験を早く終わらせ、医薬品を1日でも早く世に出す上で重要である。また、該当する患者さんの多い医療機関は医薬品が世に出た後は重要な潜在顧客でもあるだけに、こうした患者さんのサーチに利用可能な医療データ提供サービスは大きな市場といえるだろう。

(3)マーケティング
利用動機の本質は(2)と似ている。あえて分けたのは、製薬企業の中で(2)を主幹とする部門となる臨床開発部門と、(3)を主幹とするマーケティング部門は大抵別だからだ。利用上の相違点としては、現時点ではどうかだけではなく今後市場がどのようになるのか、あるいは昨年実施したマーケティング戦略は奏功したのか確認したい、といったような時系列的な観察と分析のニーズがこちらはより高いことであろうか。

(4)ファーマコビジランス(Pharmacovigilance:PV)
PVについて、国内では「安全性監視」といった翻訳がされることが多い。副作用の発生を監視するといったニュアンスだ。WHOの定義によれば、PVは誤飲や異物混入、ニセ薬を見つける等も含むより広い概念である。医療現場由来のデータからニセ薬を見つけることはできそうにないが、処方量の間違いや定期的な検査の実施等を確認することなら可能かもしれない。

ちなみに本年4月より安全性監視活動に関わる規制要件、GPSP省令(医薬品の製造販売後の調査および試験の実施に関する省令)が改正され、その中に「製造販売後データベース調査」が明記された。その意味において医療データ利用のニーズが豹変した、最もホットな分野と言えるだろう。なお、SNSやWeb由来の情報が思いがけない副作用の早期発見やニセ薬を見つける期待が高く、PV分野では今後より重要になると私は考えている。

(5)メディカル・アフェアーズ(Medical Affairs:MA)
MAの概念は日本では未だ成熟しているともいえず、(3)マーケティングの一部という考え方も、(4)PVを全て包含するという捉え方もある。ここでは「明確に(3)とも(4)とも言いにくい、医薬品の新しい価値や意味合いを提案する活動」のニュアンスで区別しておきたい。

例えば、QOL(Quality of Life:生命の質)を指標として捉えたときに、種々の治療選択肢はどのように再評価されるかという視点がある。純粋な生存期間というだけではなく、それが寝たきりで、激しい嘔吐や頭痛に悩まされる1年より、何ら副作用のない半年の方が人生としての価値が高いかもしれない。

こうした視点での研究は、従来のマーケティング部門ではその専門性が追いつかないことがある。異なる学問領域の社外専門家との協業が必要不可欠であり、そこにメディカル・アフェアーズの存在意義があるだろう。MA分野は製薬産業の中にあって、医療データを使いたいというニーズの代表選手である。また、従来型のマーケティング部門ではあまり多くの変数項目が必要ではなかったのに対して、扱いたい変数項目の候補となる種類が桁違いに多い点も特徴といえよう。