今年、がん患者の組織の遺伝子情報を調べ、最適な治療薬を選ぶ「がんゲノム医療」のための遺伝子検査が保険適用となることが決まりました。今回の検査は、遺伝子の一部を調べるもので、有効な治療薬を見つけられるのは限られた患者さんになります。しかし、取り組みの背景では、日本のがん医療にとって、これまででいちばん大きなパラダイムシフトが起きています。本日は、これからのがん医療の方向性と、目標を達成するためにAI(人工知能)の技術を役立てる試みについてご紹介したいと思います。

がんごとに異なる異常増殖のシグナル

がんは、ヒトの体の細胞の遺伝子が突然変化し、異常に増殖することによって発症します。じつは、筋肉、脳、肝臓など体の細胞はほとんど増えることがありません。特定の「増えろ」というシグナルから細胞の外から伝わったときだけ、増殖のスイッチが入るのです。

シグナルを受け取った細胞内は、それを専門に受け取るたんぱく質Aがいて、AはそのシグナルをBに、BはCに、CはDにと伝えて細胞増殖がスタートします。ところがBの遺伝子の突然変異が起こり、Aから何も情報が伝わっていないにもかかわらずCに「増えろ」「増えろ」とウソをつきはじめると、細胞の増殖は無限に始まってしまうのです。

そうであれば、たんぱく質Bをブロックすれば、がんをやっつけることができる。これが2000年前後に次々と開発された分子標的薬でした。しかし、当初はあまり有効ではありませんでした。たんぱく質Bが細胞増殖に重要な重要だから、それをブロックする医薬品をどのがんにも使おうという発想だったからです。

その後、研究が進み、発がんの本質的な原因となるたんぱく質を作り出す遺伝子は、がんの種類によって異なるのです。地道な研究によって原因分子を見つけ、それをブロックする医薬品を作らないと、有効な分子標的薬はできないと考えられるようになりました。

肺がんを発症させる融合遺伝子「EML4-ALK」の発見

有効な分子標的薬を生み出すために、世界中の研究機関で行われてきたのは、それぞれのがんの患者さんから、インフォームド・コンセント(十分な情報を得た上での合意)を得た上で、がん組織のサンプルをご提供いただき、どんな遺伝子に異常が起きているかを調べることでした。

私たちの研究グループも独自の技術を開発し、それを肺がんに応用するころで「EML4-ALK」というがん遺伝子を見つけることができました。先ほと説明した細胞増殖精鋭部隊のたんぱく質Bに相当します。

また、私たちは細胞のなかで「EML4-ALK」が誕生するメカニズムも明らかにしました。細胞内には増殖・分化などの情報伝達に重要な約割を果たすチロシンキナーゼという酵素があり、それを作り出す遺伝子が「ALK」です。そして、肺がん患者の一部では、「転座」という現象により同じ染色体にある遺伝子「EML4」と融合し「EML4-ALK」を作り出していたのです。

この「EML4-ALK」の作用は、正常な「ALK」の活性を1としたとき、数百にも相当するもので、細胞を無限の増殖に導くことが分かりました。