発見からたった4年で抗がん剤として承認

そうであれば、肺がんの患者さんのなかから「EML4-ALK」を持つ患者さんだけを選び出し、その患者にALK阻害剤を投与すればいい。これが新しい時代の分子標的治療、つまりコンパニオン診断薬(Companion diagnostics;CoDx)となったのです。

私たちは、「ALK」陽性の患者さんに、最初の阻害剤クリゾチニブを投与しました。すると、ほとんどの人でがん組織が小さくなっていて、中には肺がんがなくなった人もいらっしゃいました。もっとも予後が悪いと考えられた肺がんにおいても、毎朝、飲み薬を飲むだけで、奏効率が約6割という目覚ましい第I・Ⅱ相の臨床試験の成果も得られました。

私たちが「EML4-ALK」を発見したのが2007年ですけれども、それからわずか4年後2011年には臨床試験が終わり、治療薬も承認されるました。それが可能になったのは、「EML4-ALK」を持つ患者さんだけを呼びだして臨床試験を行ったことと、あまりに有効なので標準治療と比べる大規模な第Ⅲ相試験はもういらないと、FDA(米国食品医薬品局)が非常に論理的に判断されたためでした。

ALK阻害剤の登場が「がんゲノム医療」実現を牽引した

その後、私たちは「ALK」阻害剤の薬剤耐性メカニズムを解明し、現在では第2世代のALK阻害剤が次々と作られました。現在、4種類が日本または米国で承認されていますらが、その一つ、アレクチニブは奏功率が94%となっています。このように「EML4-ALK」の発見は、多くの患者さんの命を救うことにつながりましたが、それだけではなく、じつは「がんゲノム医療」の実現に貢献しました。

というのも、「ALK」は「EML4」と融合して肺がんを起こしますが、それ以外にも別の遺伝子と融合して肺がんや、悪性リンパ腫、子供の予後の悪い腎臓癌など、その他のがんを引き起こすことを私たちは発見することができたからです。

つまり「ALK」の異常は多様ながんの原因になる。「ALK」の異常を持つ、がんのグループがあるともいえます。これまで、がんの分類は、どこの臓器で原発したかと、がん細胞の形、つまり扁平上皮がんなのか、腺がんのか、大細胞がんなのかという病理系によって決まっていました。そして、その分類を元に使える抗がん剤が承認されていたのです。

しかし、実は肺がんの一部と、腎臓がんの一部と、リンパ腫の一部は「ALK」という同じ遺伝子の異常によって起きている。逆にいえば、たった1つの遺伝子が原因になって、たくさんの臓器のがんを作るということが分かったのです。そして、これらはクリゾチニブを投与することによって治療することができる。そこで、私たちは「ALK」の異常によって起こるがんを「ALKoma」という名称で呼ぶことを、米国の学会の機関誌に提唱しました。

保険適用になった「がん遺伝子パネルシークエンス」

1つの遺伝子の異常が様々ながんの原因となる。そして、1つの臓器のがんは、実はたくさんの遺伝子の異常によって起きるがんの集合体である。これががんの本質であったのです。こうなると、どんな臓器のがんであっても、最初に診断するときは、そこの国における保険で通っている薬と、臨床試験が行われている薬に対応する遺伝子変異について全て調べないと、最適な薬が選べないということになります。それこそが「がんゲノム医療」なのです。

調べ方としては、患者の持つ全ゲノム情報を調べることもできますし、全ゲノムの1.5%を占めるにすぎないタンパク質を作る遺伝子を全部調べる「全エクソンシークエンス」もできます。しかし、それではコストが高くなってしまう。そこで、がんに関連することが明らかになっている遺伝子だけを調べる「がん遺伝子パネルシークエンス」が開発され、米国でも日本でも何種類かが保険で承認されています。

ここで日本の課題は国民皆保険であるということです。

日本は海外と違って皆保険ですね。日本では毎年100万人の人ががんに罹患して、40万人近い人ががんで亡くなりますから、全員に行うわけにはいきません。現在は、標準治療を終えた患者さんが、さらに別の抗がん剤治療を希望する場合などが保険適用となっています。今後、医学の発展とともに「がんゲノム医療」をどのように拡大していくか、その道筋を作ることが非常に重要となってきます。

しかも課題は、費用の問題だけではありません。「がんゲノム医療」の普及においては、適切なインフォームド・コンセントを患者からもらい、適性な検体をプロの検査室に送り、そこで得られた情報を最新のデータベースに照合し、患者ごとに個別のレポートを作る。それを見て医療機関は最終的に目の前の患者さんの治療方針を決める。そんなサイクルを皆保険のレベルで日本は構築しなければならないのです。