AI時代に求められる医師の能力
患者も主体的に治療に参加

宮田氏が次に挙げたのは、AIの活用である。「これまで医師は自分の治療成績がどのくらいのレベルなのか判断できなかったが、NCD(National Clinical Database)に登録されているデータを解析することで、その医師の強みは何か、課題はどこかを指摘し、改善に役立てられる」という。

NCDには現在、4981病院が登録しており、世界最大規模の専門医データベースとなっている。NCDを利用することで、患者の合併症のリスクや死亡率が推計できるようになった。今まではただガイドラインに従っていた治療が、NCDを使うと、一人ひとりの患者に必要な治療を教えてくれるようになる。

また、疾患別の治療成績を日本と海外で比較できるようになり、その結果を見ると米国とも臨床レベルで差が無いことが判明した。唯一、日本が劣っていたのが在院日数で、日本は概ね米国の3倍だという。その理由について宮田氏は、「日本は患者が民間保険に加入しているケースが多く、在院日数が長くなっても負担が少ない。一方、病院にとっても在院日数が長い方が利益が上がり、双方の思惑が合致する。ただし、臨床的な観点から言うと、必要以上の長期入院は筋力低下が発生し、健康には良くない。在院日数を短縮すれば、患者の健康に加え、年間1兆円の医療費が削減できる」と指摘する。

長期入院を是正しながら健康になることが可能ということは、それだけ現在のシステムに無駄やムラがあるからに他ならない。「それを明らかにする基盤として期待されているのが、PeOPle(Person-centered Open Platform for wellbeing:国民の基本的な保健医療データを統合した情報基盤)という社会インフラだ。地域連携手帳をクラウド化することで、患者が主体的に治療に関わっていけるようになるものだ」という。

「滋賀県の遠隔病理診断のように、これからの日本は世界を支えながら未来を開いていく。個人を軸に情報を活用することで国境や組織の枠組みを超えていく。新しい世界を築いていくことができる」と宮田氏は結んだ。

パネルディスカッション
産官学の協力、ビッグデータの活用、そしてPeOPLe
近未来に実現する医療の新しい基盤

モデレーター:
宮田 裕章 氏(慶應義塾大学医学部医療政策・管理学 教授)

パネリスト:
小林 啓之 氏 (エーザイ株式会社 執行役員 メディカル本部長 チーフメディカルオフィサー)
鈴木 康裕 氏 (厚生労働省 保険局 保険局長)
高野 敦司 氏(日本アイ・ビー・エムグローバルビジネスサービスヘルスケアライフサイエンス事業部 アソシエイトパートナー)
武内 和久 氏(アクセンチュア公共健康部門 マネジング・ディレクター)
張家 銘 氏(グラクソ・スミスクライン開発本部イノベーション戦略部イノベーション・インキュベーショングループ マネージャー)
林田 哲 氏(慶應義塾大学医学部外科学 専任講師)

冒頭、日本アイ・ビー・エム グローバルビジネスサービスヘルスケアライフサイエンス事業部 アソシエイトパートナーの高野敦司氏から、医療・医薬品業界でのワトソンの活躍状況が報告された。「2016年に4件だったワトソンの利用件数が、2017年6月現在で20件を超えている。その内訳は、製薬会社10件で、残りが大学、研究所、病院となっている」と紹介。この分野でワトソンが活用される理由を高野氏は、「自然言語の理解、学習するシステム、そして根拠の提示ができる。ワトソンの特徴として、特定の目的意識を持ち課題解決ができる。AI使って何かを解決したいといった漠然とした依頼を受けても成果は期待できないが、がん領域でこの臓器に絞った創薬研究のサポートをして欲しいという要望であれば、ワトソンはその能力を発揮する。そのためにワトソンは数千万と言われる論文を読み込んでいる」と解説した。

続いて、エーザイ 執行役員 メディカル本部長 チーフメディカルオフィサー小林啓之氏が、製薬企業におけるAI活用の根拠について講演した。製薬企業がAIを活用するのは研究開発費の高騰によるものだ。「2014年の1社あたり(製薬企業10社の平均)の研究開発費は1390億円と、AMEDの予算に匹敵する。これを売上高対比で見ると11.4%となり、全産業平均の(研究開発費/売上高)の3.33%と比較しても明らかに大きい」と指摘した。

左から 小林啓之 氏 高野敦司 氏
左から 小林啓之 氏 高野敦司 氏

その理由について小林氏は、「候補化合物から最終的な製品(承認申請)に至るまでの確率が0.003%と極めて低いからだ。これだけ成功率が低いのは、認知バイアス、診断に関する情報の不足によるものだ。しかし、認知バイアスは研究者のモチベーションになっていることもあり、取り除くことは不可能だ」という。

一方でAIは認知バイアスがほとんどない。また、情報に関しては特に認知症に関するリアルワールドデータを保有している。「これを活用して臨床試験の成功率を挙げる取り組みをしている。さらに、より効果的に研究開発を行うためにいくつかの取り組みを行っている」と述べた。