疫学~研究デザインとデータの「クセ」に気づくスキル~

情報工学や生物統計学のように、多くの人から「必要不可欠だ」と賛同いただける専門性とは違って、疫学については「それ、何?」といったように、存在すら認識していただけてない様子がうかがえる。残念なことだ。

疫学分野の権威であるケニー・ロスマン先生は、著書「Epidemiology:(日本語版「ロスマンの疫学」)」の冒頭に、“疫学調査の原理は一見単純そうにみえる。この見かけに惑わされ、常識を当てはめれば誰でも疫学をマスターできると思ってしまう人がいる。(中略)疫学で必要とされるような常識は、疫学の概念や手法に関する訓練なくしては身につかないのである”と記している。疫学は勉強しなくてもセンスで乗り切れる、そんな誤解が蔓延しているというところだろうか。

では、疫学のスキルとは具体的にどのようなものだろうか。「疫学研究=観察研究」では決してない。無作為化臨床試験などに代表される、いわゆる「観察ではない研究」もまた、「介入研究」という名のれっきとした疫学研究の1つである。

さらにはこうした介入研究と観察研究(非介入研究)との中間ともいえる研究デザインも提案されており、例えば疾患登録データを用いたR-RCT(Randomized Registry Clinical Trials)などは、一般的なRCT(無作為化臨床試験)と比して実施可能性を向上させた提案である。また、昨今では当該症例の例えば薬剤処方期間と、処方していない期間で比較するといった「自己対照モデル」といわれるデザインもいくつか提案されている。医療研究を本気でやりたいと思った時に、研究デザインの引き出しがたくさんある疫学専門家の存在は心強い。

また「疫学者=疫学研究デザイナー」でもない。現実世界のデータ、Real World Dataには様々な「クセ」がある。こうしたデータの歪みを見破ることに長けているのも疫学専門家だ。ここでいう歪みとは、入力ミスのような情報工学のパートでの課題とは別に、選択バイアス、観察者バイアス、過大評価、過小評価、初期値バイアス、観察間隔バイアス、思い出しバイアス、誤分類、交絡、公表バイアス‥といった様々な「真実とは乖離がある」ものを含む。

もちろん、疫学専門家でなくとも気づけることがあるだろうが、既に概念の整理されているバイアスを体系立てて学んでいる疫学専門家がこうしたデータの歪みに最も気づきやすく、最も適切な対策を講じられる可能性が高いといえるだろう。これは研究デザインを設計する際だけでなく、適切な医療データを選ぶ工程から、その研究結果の解釈や考察といった最後の工程まで広く役に立つスキルである。

法学・規制要件~コンプライアンスを守るためのスキル~

個人情報保護法や、先般、欧州で始まったGDPR(General Data Protection Regulation:一般データ保護規則)など、医学研究に求められる規制要件は年単位というよりも月単位で変更され、理解が追いつかない。また、法律とまではいかなくても倫理指針や文化慣習など、何が許され、何が許されないのかについては時代やお国柄でも異なり、恐らくその曖昧さが解消される日は永遠に来ない。それでもなお、法学の専門家が介在し研究を監修してくれると心強いのは確かだ。

おわりに

医療データ活用には様々なスキルが要求される。ところで私自身は、果たして何の専門力があるといえるのだろう。本コラムではバナーに「えきがくしゃ」と表記させていただいている。これは本サイトを運営されている日経BP社の方から提案していただいたのだが、「疫学者」と漢字で表記していただくのは誠に恐れ多く、ひらがな表記の提案が好都合であった。私はこれを「疫学者」なのかそれとも「易学者」か‥。怪しげな占い師の独断が少しばかり混在するコラムであると、それくらいでと捉えていただきたいと思っている。

さて、本コラムの第一部としては今回で一区切り。次回以降は医療データ活用に求められる実践力、技術編として、品質確保(全4回)、研究デザイン(全5回)、データ分析(全5回)を順次取り上げる予定である。

これは今回紹介した情報工学、疫学、統計解析分野の基礎的な位置づけであり、あくまで初学者向けを想定している。ひらがなの「えきがくしゃ」による解説では、はなはだ心許ないところではあろうが、こうした分野にこれまであまり縁のなかった方々に向けて、リテラシー向上の一助となればという思いである。

第7回終わり(第8回に続く)