因果推論をサポートする方法論

相関係数は計算できたとしても、「因果」関係があるのかないのか、それをクリアに算出するような万能な方法論は残念ながら存在しない。ただ、その推論をより裏付けるために、あるいは「思い込み」であったと気づかせるためにどうするのかという方策はいくつか知られている。

例えば、無作為化比較試験はその1つだ。比較した結果得られる、2種類の治療間の成績の差が「単なる偶然」であることを完全には否定できなくても、その可能性が極めて低ければ「単なる偶然ではない」→「効き目が勝る」と判定し、医薬品として承認するというロジックだ(こうした有意差検定の概念論についてはまたの機会に)。

無作為化比較試験が因果推論の良策である、といっても本コラムが扱うのはリアルワールド(RWD)の、臨床現場のデータの活用であり、無作為化比較試験が実施できない前提での対処策を講じなければ要領を得ていない。疫学分野では無作為化比較試験のように、治療に何らかの治療行為以外の介入のある研究のことを「介入研究」と呼ぶのだが、RWDを使う、実臨床下の介入のない研究のことは「非介入研究」と呼ぶ。これは観察研究と同義語である。非介入研究の場合、前述した適応の交絡のようにそのまま比較したのではアンフェアという場合の対策の代表選手は、傾向スコア法(プロペンシティスコア法)を用いたアプローチだろう。

概念をザックリと紹介するならば、「A薬が選ばれる確率とB薬が選ばれる確率が一致する人同士であれば、フェアな比較が可能」であり、仮に先の例のように重症例であれば80%はA薬、20%だけB薬が治療として選ばれると推測される人のうち、実際にA薬が処方された人と、少数派であってもB薬が処方された人同士であれば、あたかも無作為化比較試験と同じレベルでのフェアな比較が可能となる。その他、昨今では社会学や経済学分野でよく用いられる操作変数法(Instrumental variable method:IV)も利用が増えてきている。

こうした、集積されたデータの因果推論とは別に、1例単位での因果関係の判定がそもそも悩ましいということもあるだろう。例えば、医薬品による副作用なのかそれとも違うのかといった判定には、ヒルが示した9つのチェック項目(※)が有名だ。例えば「時間的関係性」という項目に着目するならば、注射したところが即座に赤くなれば、これは誰しも注射がその原因と確信するだろうし、それが1週間経ってからの発赤となると注射が原因かどうかは半信半疑となる。

もちろん、注射部位発赤ではなく発がん性が有るのかどうか、ということになると時間的には随分と長いスパンが必要で、ヒルのチェック項目を追従したところでそれが医薬品によるものかどうかの確信を得るのは難しいだろう。実際のところ催奇形性やスモンといった過去の薬害の中には、医薬品の処方が“真犯人”であることを同定するまでにかなりの期日を要した歴史がある。その意味において、医薬品と有害事象との間に因果関係があるかどうか、薬害をいち早く防ぐためにも、医学薬学の知識のみならず、疫学や先に述べたような傾向スコア法や変数操作法といった生物統計学の手法を身につける必要がある。

Bradford Hill基準
(1)関連の強さ (2)一貫性 (3)時間的関係 (4)生物学的用量反応勾配
(5)特異性 (6)生物学的妥当性 (7)整合性 (8)実験 (9)類似性  以上9項目

様々な学問領域での「因果」

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今回は研究デザインを理解するその前段として、「相関」と「因果」の違いをコントラストしながら整理してみたが、こと「因果」について言えば、様々な学問領域において様々な形で論じられている。哲学、宗教学分野では世の中で起きる数多の出来事、森羅万象の全てがある種の形而上学的な存在によってもたらされていると考えられてきた。無神論者にしてみれば非科学的、前近代的にみえるかもしれないが、神の存在は現代でも色褪せてはいない。いわば神の存在が事柄の間の因果性をもたらす交絡因子というところだろうか。

医療経済分野でよく用いられるマルコフモデルは、「因果」を確率で示すことで、例えば治療による完治率50%に、副作用の発生率とその処置10%などの数字から全体としての医療費がどの程度発生するのかを論じる。「風が吹けば‥」の話で言えば、「埃」→「失明」が何%発生し、「失明者」→「三味線弾き」となる人が何%かという記述を加えるイメージだ。マルコフモデルは“見えない、測定できない工程”を踏まえた「隠れマルコフモデル」に形を変え、ベイズ推定や機械学習など、今や隆盛を極める人工知能学分野で大活躍している。

また、社会学に近いところでは「バタフライ効果」という用語が知られているが、この語源は「ブラジルの1匹の蝶の羽ばたき」が「テキサスで竜巻を起こす」という「因果」からきており、「風が吹けば桶屋が儲かる」発想と違いがない。

私のコラムでもバタフライ効果は起きてくれないだろうか。コラムを読む→疫学に興味→疫学を学ぶ→より優れた医療研究実施→病気や副作用に苦しむ多くの人が救われる。マルコフモデル的に記述したとき、それがごく小さな確率であっても構わないのだが。