開かれたコホート

東京渋谷のハロウィン騒ぎは、残念な風物詩として毎年の恒例となってしまった感があるが、“渋谷らしさ”の象徴にも思われ、その生命力が少し羨ましくもある。銀座が大人の街であるように渋谷は昔からずっと若者の街だ。観察研究の基本としてよく用いられる「コホート」という言葉は、元々は古代ローマの歩兵隊が起源とも聞くが、定義的にいえば「観察対象となる、同一の性質を持つ集団」のことを指す。「2018年のハロウィン騒ぎ参加者」を観察研究の対象とするならば、これは立派なコホートということになるだろう。

コホートには「閉じられたコホート」と「開かれたコホート」という2種類があり、前者は要するに“出入り禁止”、後者は“出入り自由”である。「2018年10月31日14時~19時にJR渋谷駅改札から外に出た人」を対象に、今から20年先の2038年まで毎年、就業や有病率、趣向の変化を調べるような「閉じられたコホート」と、毎年の10月31日に「14時~19時にJR渋谷駅改札から外に出た人」に対して就業や有病率、趣向の変化を調べるのは、調査研究したい目的そのものが違う。

今回は研究デザインについて取り上げるが、研究する上では目的を明確にすることが重要であり、それによって観察対象者を定義する必要がある。また、通常「全体」を調べることは難しいことから、「全体の中の一部」を観察対象にせざるを得ない。渋谷での調査で知りたいのは「最近の若者」「関東圏の20代」「都会暮らしの代表者」「先進国のアウトドア派」‥‥いったい何を「全体」としてとらえているのか。得られる結果がどこまで一般化できるのか、その限界(limitation)を適切に認識しておくこともまた重要である。

久山町コホート

国内のコホート研究ということでいえば、“久山町コホート”が有名だ。久山町に在住する人を対象とした種々の疫学研究の総称は、「久山町研究」というのが正式名称のようではあるが、これを “久山町コホート”と私や私の周囲は呼称する(厳密な「コホート」の言葉の定義というよりも、むしろ愛称のような使い方)。当初の目的である心血管病研究は、1961年、1974年、1988年、2002年の循環器健診を受けた40歳以上の住民をそれぞれ第1集団、第2集団、第3集団、第4集団と、4つの「閉じられたコホート」として観察しており、仮に久山町を離れた人であっても心血管病の発症について追跡して調査をされているそうだ。

観察研究の経験がある方はよくご存じだろうが、何年も先まで脱落なく追跡調査を完遂するのは簡単なことではなく、こうした研究が実現しているのは研究者の情熱や住民との信頼関係があってこそと言えるだろう。久山町研究ではさらに悪性腫瘍や認知症、生活習慣病のゲノム調査等々が次々と手がけられている。

さて、久山町研究では“何を「全体」としてとらえているのか”であるが、研究者の先生方がよく「福岡市に隣接した、日本の年齢分布とも相似している、標準的な」といった表現を用いていることから、「日本全体」に対する代表「サンプル(sample:標本)」ということを意識しているようだ。ちなみにサンプルから想定される「全体」(ここでは日本)のことを、ポピュレーション(population:母集団)と表現することがある。一方、コホートそのもの(ここでは久山町住人の集団)を母集団(population)と表現することもあるので、言葉の行き違いには注意が必要だ。