コホート研究と症例対照研究

医療データを使ったコホート研究を考えた場合、例えば「2018年1月~12月に、新たに乳がんと診断された患者群」のような定義をすることになるだろう。その場合、研究目的に応じて転移性乳がん症例や男性乳がん症例を対象とするのか、しないのか決めておく必要がある。また、サラリと「新たに」と表現してはいるが、乳がんの既往がある人か、ない人かの判定をどうするのかという課題も案外大きい。

以前お話した「レセプト病名の信ぴょう性」問題もある。また、「そもそも、医療データを使ったコホート研究はしても良いのか?」と質問を受けることがある。どうやら教科書的にコホート研究について勉強された人は、“時間的に前向き”がコホート研究の必須要件であり、つまり医療データのように過去の記録を使うのは、コホート研究のルール違反ではないかという引っ掛かりがあるようだ。結論からいえば、医療データを使ってコホート研究をすることは一向に構わない。

研究デザインとしての“著名度”でいえば、症例対照研究(ケース・コントロール研究)も負けてはいない。こちらはコホート全体を調べるのを諦め、調べたいイベント(ケース群)の発症した人と、発症していない人(コントロール群)を別々に何人かピックアップして観察する。通常、イベント発生症例はなるべく全ての症例を観察対象とし、イベントが起きていない症例の方は、その3倍から4倍くらいの症例数をピックアップして観察対象とすることが多い。コホート全体を調べるわけではないため、「イベント発生率」は全くわからないのだが、それでも双方の群から得られた症例比は、ときにハッキリとした因果関係のヒントをもたらす。

例えば、ケース群(イベント発生群)での喫煙者の割合が「有:無=10人:10人」であったとしよう。その際、コントロール群(イベント非発生群)の80人が仮に「有:無=40人:40人」であったならば、喫煙とイベントには関係性がないだろうことがわかる。ところがもしその80人が、「有:無=10人:70人」であったらならばどうだろう。イベントが何%発生しているかはわからなくても、「喫煙とイベントにはどうやら関係性があるらしい」ことはハッキリとする。

症例対照研究の代表例としては、サリドマイドが催奇形性をもたらすことを見抜いたレンツ医師による研究が有名である。催奇形性のあった患児112名のうち母親のサリドマイド服用は「有:無=90人:22人」、催奇形性のない子ども188名(コントロール群)ではサリドマイド服用「有:無=2人:186人」という観察研究の結果をもってして因果性を特定した。残念ながら当時の日本では、この研究結果を得た上でなお「科学的根拠が明らかではない」としてサリドマイドの発売はさらに10カ月継続されたという。

日本が適切に症例対照研究というデザインを理解できていれば防げた催奇形性があった可能性もあり、ドイツでの悲劇に加え、日本では“研究デザインのスキル不足”の悲劇が加わったと言えるかもしれない。副作用被害をゼロにすることは困難であるが、疫学研究の“スキル不足”被害は決して起こしてはならない。

自己対照モデル

最近はケース・クロスオーバー研究や自己対照ケースシリーズ(Self-Controlled Case Series:SCCS)といった、イベント(ケース)の発生した人だけを観察する研究も身近になった。コホート研究や症例対照研究と比べると、イベントが起きていない人を研究対象に巻き込まなくて良いので実施しやすいとは言えるだろうが、研究デザイン学に相応に精通していないと、このような少しアクロバティックな研究を適切に実行し、適切に考察を加えることは結構難しい。こうした自己対照モデルの研究デザインをごく簡単に説明するならば、イベントの発生した時にはイベント発生リスク増が疑われる薬剤が処方されていたのか、それとも休薬(または別の薬剤治療)の時期であったかを問う。

観察対象とした期間中に当該の薬剤を何日処方していたかは人によって違うため、1人ひとりずつに「薬剤投与期間」と「休薬期間」を調べた上で評定する。話をわかりやすくするために、イベントの起きた100人の観察期間それぞれ100日分のうち全員が薬剤投与期間30日間、休薬期間70日間であったとしよう。仮に薬剤投与がイベントの発生とは無関係であれば、1人1件、都合100件のイベントは薬剤投与期間に30件、休薬期間に70件という分布になることが予想されるだろう。

もしそれが薬剤投与期間にばかり集中していたら、因果関係があるだろうと結論づける。臨床試験デザインに明るい人であればクロスオーバー試験の観察研究版として、ケース・クロスオーバー研究をとらえるとわかりやすいかもしれない。もちろん、1人1件に限定するものでもなく、疑念を「薬剤投与」に限定するものでもない。Webで検索すると、「黄砂飛来と喘息発作」の関係性研究や「携帯電話通話と交通事故」の関係性研究などが見つかった。SCCSの方はワクチン領域の研究で用いられており、「薬剤投与」と「休薬」が繰り返し行われている状況というよりは、イベントの発生がワクチン接種の前なのか、それとも後なのかを問題にする。

他にもSequence Symmetry Analysis(SSA)は、イベントAとイベントBの発生順序を気にする自己対照モデルの1つであり、ここでのイベントは疾病に限らずAもBもどちらも薬剤投与とするのでも良いし、医療データを用いた研究との相性も良い。例えば頭痛薬Aがことごとく胃痛薬Bよりも数日先んじて処方されていたら、頭痛薬Aに胃炎等の副作用リスクを疑う。

一方、胃痛薬Aの処方が頭痛薬Bより頻繁に先んじていれば、胃痛薬Aに頭痛のリスク増を疑う。データ解析の処理は簡単なので自己対照モデルの研究は飛びつきやすいが、こうした薬剤処方の順序は、単に治療の標準的ルールということもあり得るわけで、果たして調べたい案件が自己対照モデルを用いて研究する上で相応しいかどうか、得られた結果の解釈は正しいのかどうか、慎重に考えるべきだろう。