主観指標と客観指標

「奈良判定」が、今年の流行語大賞のトップ10に選ばれた。ボクシング協会のとある偉い人が奈良県に縁があり、ボクシングの判定で奈良県の選手に有利な判定がされていたらしいというお話である。公正を旨とするスポーツ競技にあって、主観による判定に依存せざるを得ない部分は、今も昔も“疑惑の判定”がよく取り沙汰される。

その点、何らかの客観的指標により判定が可能な競技の方は結果に対する納得性が高い分、こうした憂いとは縁遠い。これは医薬系の研究分野でも同様ではないだろうか。体温や血圧、血液検査から、その疾病の深刻さや変化の度合いが推し量れる種の疾病や容態は、主観的にうつ症状や認知症の進行を推し量ることよりも、客観性という点で納得性が高いと言えるだろう。

とは言っても、「主観=非科学、客観=科学」と短絡的に考えるのは正しくない。主観評価に頼らざるを得ない、こうした精神疾患領域や疼痛、QOLといった分野において妥当性や頑健性が保証された種々の評価スケールや質問票は、当該分野における最高の科学的指標といって良い。

その一方で、本来科学的であるはずの客観指標が間違えた使い方や解釈のされ方をしているということも案外と多い。客観指標がそのポテンシャルに見合った科学性を保つためには、算術式のみならずそれがどのような特性のもので、どのようなときに利用すべきなのか、またどのように解釈したらいいのか正しく理解しておく必要があるだろう。今回は疫学や医療系の分野で利用される指標についていくつか紹介しよう。正しく扱うための参考にしていただけたら何よりだ。

発生率(incidence)

疾病や副作用の発症リスクを測る指標として用いられる発生率は罹患率、発病率、発現率とも表現される。日頃、目にしているであろう「副作用発現率」などは疫学でいうところの発生率(incidence)ではなく、累積罹患率(cumulative incidence rate)が用いられている可能性が高い。

例えば、基本的に1週間投与が想定される抗インフルエンザ薬を100例観察し、もしそこで皮膚炎が3例に発生したら3÷100=3%とする。ごくシンプルな計算ロジックだ。ところが、これがもし数カ月、あるいは数年と長期処方が想定されている医薬品ではどうかというと、この計算ロジックは時として無価値か、あるいはむしろ誤解を招く残念な指標になってしまうことがある。どういうことか。

例えば血球系へのダメージが大きく、1年も処方を続けていくと必ず白血球の減少がみられる抗がん剤があったとしよう。100例を1年間観察したところで算出される「副作用発現率」は、どのような値になるだろうか。本来ならば100例全員に発症するので100%という結果が得たいところだが、実際はそうならない。中には最初の投与時にショック様の症状が起きてしまい、投与期間がわずか1日という症例もあれば、吐き気や精神疾患等による投与中止もある。結局1年間投与を続けることができた症例が、20人しかいなかったということもあるだろう。投与を完遂できた20人だけが、投与1年目に差しかかるところで初めて血球減少が発生したとすると副作用発現率は20%。この数字は副作用リスクの指標というよりも、さながら「治療完遂率」の参考値だ。

では、その20例だけを対象として副作用発現率とするのはどうか(20÷20=100%)。白血球減少のリスク指標としては良さそうだが、これでは投与を中止するに至ったショック症状や吐き気の副作用リスクを計算するには妥当性がない。投与を完遂できたこの“特別な”20人にはショック症状も投与を中止するほど重篤な吐き気も、その副作用発現率は0%となってしまう。

累積発現率にはこうした注意点があるため、疫学分野では観察対象の症例がほぼ同じ投与期間である場合に限定して使われる。投与期間がばらつくことが想定されるときには専ら分母として例数×投与期間を用いることが基本であり、これが発生率(incidence)の計算式である。日本では人年法(じんねんほう:person-year method)という評価指標の表現が知られているが、要するに1人の人を5年観察した場合も、5人の人をそれぞれ1年ずつ観察した場合も同じく「5人年」として扱う。もちろん、年(year)にこだわる必要もなく、より短いスパンで調べる場合は人月であっても人日、人時間、人分、人秒、どれでも良い。