自己奉仕バイアス

[画像のクリックで拡大表示]

さて、これだけいくつもの罠、バイアスがありそれをクリアして医療に、社会に実際に役立つ研究結果を得ようというのは並大抵なことではないのだが、仮にこうした疫学分野でのハードルを全てクリアしてゴール直前、のところまできてもなお落とし穴、バイアスが存在する。冒頭に紹介した社会心理学分野における認知バイアスの一種で、自己奉仕バイアス(自己中心バイアス)という類のものがそれだ。

研究者は「このような結果を期待したい」ことから研究を行い、あるいは論文を読み、関連する書籍を購入する。自身の周囲、友人の研究者も大抵の場合は自身と同様な思考であり同様な思いがあることもしばしばだろう。然るにそこに記載されてある結果が自身の期待とは裏腹、異なるものであったならばどうだろう。仮に期待通りのものであれば、「やはり思っていた通りだ」となるだろうが、違っていた場合は「そうか、違うのか」と易々とは受け入れないはずだ。

まずは「果たしてそうだろうか」ということで、研究デザインや統計手法、研究者の専門性や中立性を疑ってかかる可能性が高いだろう。論文を批判的に吟味する姿勢そのものはむしろ肯定されるべき科学的態度といえるだろうが、ここで社会学分野が指摘するのは「結果が自身にとって都合が良い場合と、悪い場合とで吟味の仕方にバイアスが生じる」心理作用のことであり、これが自己奉仕バイアスと言われるものだ。

「美味しいとこだけ取り出す」という意味で、“チェリーピッキング”という言葉もある。自身と志をともにする周囲の研究者数名が同じ意見であっただけで、「誰もがそう言っている」という認知のバイアスに陥る可能性は誰にでもある。本コラムの読者諸氏に対しては、まずは読んでいただいていることに最大の感謝をお伝えしたいという思いの一方で、私の考えにもまた恐らくはどこか偏重が内在しているだろうことも承知おきいただきたい。

ご自身にとって「都合が良い」から本コラムを読まれていらっしゃるという可能性も有り得る訳で、そこには認知バイアスの落とし穴の恐れもある。その意味では少しナナメから読んでいただく方が私も気が楽ではある。

2種類の誤差のイメージ図