治療経験の有無

既にその治療を随分と前から行っている症例と、今回はじめて行う症例をフェアに比較できるだろうか。特に副作用は処方開始時こそ懸念が大きいため、長い治療経験がある症例と全くの初めて処方される症例とで比べてしまったのでは後者があまりに不利である。観察研究一般では、「今から治療を開始します。と同時に観察を開始します」という研究デザインも十分実現可能であろうが、医療データを2次的に利用するとなるとそうはいかない。そもそもデータを集め出した日からしかデータは存在し得ないのであるから、それよりも以前に実は同じ治療を経験したことがあるかどうかなど知りようがない。研究目的によってはあまり問題とならない場合もあるだろうが、医療データ研究の場合は治療経験のない症例だけを研究対象とするnew user designがこうした問題の対処として用いられる。

例えば医薬品治療の場合であれば、医療データ内に当該の医薬品が処方されていない期間が一定期間あり、その後に当該医薬品が処方されたという症例しか研究の対象にしない。この治療されていないことが担保された期間を一体、何日、何カ月とるべきかが悩ましく、短すぎるとnew userなのかどうかが怪しくなってしまう一方で、期間をあまり長くしてしまうと肝心の研究対象症例がグッと少なくなってしまうので痛し痒しだ。

診断と治療開始との狭間

医療データを用いた研究で、特に調べてみたい治療の有無での比較の際に重大なのが「診断されてから治療の開始までに起きてしまったイベントはどう扱うのか」という問題である。例えば診断されてから平均的に3、4週間後に手術をすることが標準的な疾患があったとしよう。手術をすることが手術をしないことに比べてどれくらいの治療効果の違いが見込めるだろうか。

その際にもし万が一、手術を予定していた患者さんが手術前の3、4週間のうちに容態が悪くなり手術困難、あるいはお亡くなりになったとしたらどうなるだろうか。こうした症例群は全て「手術をしなかった群」になる一方で、そのような最悪の事態が起きなかった症例だけが予定通り「手術をすることができた群」になる。仮に手術そのものが完全に無価値であったとしても、3、4週間は元気に体力が温存された人しかいないわけで、「手術をすることができた群」は手術前にお亡くなりになった症例を全て引き受けた「手術をしなかった群」よりも良好な治療成績、生存期間となってしまう。

この「診断と治療の間の期間」は、“死んではならない期間”ということでimmortal(インモータル、不死の、不死身の) timeと疫学では呼称する。そして、この扱いが不適切で前述のように間違った解釈をしてしまうことをインモータルタイム・バイアスという。対処策として、前述の例であれば、例えば「診断されてから4週間以降だけを観察対象とする」等、研究デザインや解析方法を工夫する必要がある。

因果の逆転

前述の例では、例えば医療データの中から「手術予定の有無」「手術の順延」「手術の中止」といった項目があれば、誤分類の課題をよりスマートに解消できる可能性がある。しかしながらこのような治療選択に関わる情報が網羅的に医療データから読みとることができるというのはあまり期待できないだろう。同様にして、特に重症例には“より効果の高い”治療Aを、軽症例には“副作用がマイルドな”治療Bを処方することが標準的であった場合においても、治療前の患者さんの容態が軽症なのか重症なのか、医療データからは判断できない場合がある。

特にがんのステージに関する情報が医療データから読み取れないということは珍しいことではない。この場合は本来優れた有効性の成績となるはずの治療Aは、軽症例にばかり施されている治療Bと比べて惨敗という結果が観察されてしまうだろう。

こうした例は以前コラムでも紹介した「適応の交絡」ではあるのだが、医療データの中にその交絡を補正しきれるものがなく、治療Aの汚名、濡れ衣を晴らすすべもなく、「より効果が期待されるからこそ重症例に処方される治療A(=原因)」が、「治療Aが劣って観察される(=結果)」とあべこべであることから「因果の逆転」と呼ばれる。

別の例として、「お酒は少量飲む方が、飲まないよりも健康に良い」といった俗説(?)を耳にすることがあると思うが、「お酒を医者に止められているような容態の悪い人(=原因)」が、「お酒を飲まない方が健康に悪い(=結果)」の構図、すなわち「因果の逆転」が起きていないかどうかを疑ってみる必要があるかもしれない。