バイアスの向きと程度

バイアスについては前回、今回だけでは到底語りきれない。それだけ多くの“落とし穴”があるならばもう医療データ研究はあきらめちゃおうと気持ちが萎えてしまいそうだが、キチンと向き合って良い研究にチャレンジしていただきたい。その上で、まずはそのバイアスの度合いがどの程度であるかを考えてみることだ。それが確かに甚大で、人知をつくしても対処のしようがないならば、研究を行わないという選択肢も確かにあるかもしれない。一方、ある程度は許容範囲ということだってある。まずは研究デザインの工夫で頑張った上で、「バイアスは想定されるものの」という考察をすれば良い。

また、「バイアスの向き」についての考察も重要である。冒頭に述べた「検査値の欠落」は「本来、もっと健康指標として悪い数字になるはずだ」と確信できるのであれば、バイアスの向きは一方向(健康診断の結果は本来観察したい母集団全体の実態よりも良い方向に間違って観察される)に限定できる。

一方で、医療データの中には入院患者さんしか含まれないようなものもあり、その際はむしろ「容態が気になる患者さんばかり頻繁に検査する」ことが予測されるのであれば、今度は逆の方向(臨床検査の結果は本来観察したい母集団の実態よりも悪い方向に向かって観察される)になる。結果を解釈する際にバイアスが一方向でしか有り得ない場合、「過小評価(あるいは過大評価)されてしまうバイアスを含むにもかかわらず‥‥」といった考察をすることができる。バイアスの方向が定まらないならば集計上はあえて無視してしまう手もある。その際は、本来的には複数の治療間で大きな治療成績の差があったはずのものが、その差がマイルドになって見えにくくなっている可能性を考察することになるだろう。いずれにせよバイアスはその程度の大きさと向きをしっかりと認識すべきである。

研究論文の“しきたり”

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関連学会からピアレビューの依頼を受けることがある。つまり、その学会が発行している学会誌への掲載や総会での発表に関して申請された論文を採用していいのかどうか、覆面審査員のオファーである。今回、前回とご紹介したバイアスに関する考察、あるいは「研究デザイン」として5回に渡って紹介してきた疫学の基本的なところをしっかりと抑えていないものは、やはりどうしてもそのまま採用OKとすることができない。

中には相応の研究コストや手間暇をかけたであろうことが推察される研究もあり、心苦しいところではある。社会的にも意義のあるテーマを扱っているにもかかわらず、バイアスへの配慮や研究デザイン上の限界に関する考察が著しく欠けているという理由でリジェクトされてしまうのは、なんとももったいない話である。