期待値としての平均値

中学生や高校生の頃には「確率・統計」として、確率論と統計学をセットで学んだのではないだろうか。確率と統計は切り離すことが出来ない。確率論はギャンブルの世界から発祥した故か、お金を例にとった話がわかりやすい。例えば1回100万円が必要な薬剤治療があったとして、その治療成功確率が80%、重篤な副作用の発生確率が10%、その副作用を完治させるのに200万円掛かるとしよう。これを医療経済学者の立場から俯瞰的に眺めてみる。仮に100人を治療するとして薬剤治療費は結果の成否に関わらず1回100万円掛かるので、総額は100万円×100(人)=1億円となる。うち10人には重篤な副作用が発生し、その副作用治療費の総額は200万円×10(人)=2000万円、結果として100人の総額医療費としては1億円+2000万円=1億2000万円が患者本人または国として必要となる。治療に成功しなかった残りの20人に対しては別の治療として1回300万円の高額治療を行い、、、といった確率モデル(マルコフモデル)が医療経済学分野ではよく用いられる。こうしたモデルにあって医療成功確率や治療費の平均値は期待値と呼ばれる。最初の話に戻れば80%というのがまさに最初の治療が成功する期待値であり、100人の治療で総額1億2000万円が必要であるので、治療費の方は1億2000万円÷100人=120万円というのが(別の治療へ進む前の段階での)一人当たりの期待値となる。

ウソを見破る

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数学者ポワンカレ(1854-1912)には統計学を使ってパン屋の不正を見破ったという逸話が残っている。何のことはない、「1kgのパン」を購入する度に実際に何グラムなのかを測定し続け、その結果をもってして「平均1kgではなく、平均950gのパンだ」としたという話である。統計学がウソを見破ったという種の話は他にも幾つかある。例えば「でたらめな数字を50個作る」ミッションが我々に与えられたときに、ヒトにはクセがあって1桁目の数字にその人の趣向がでることから、実際の測定値なのか、それとも測定する手間をごまかした数字の羅列なのかを見破れることがある。また、詳細は省略するが数字の1桁目だけではなく、最も大きな桁の挙動の方にも法則性があり、人が無理にでたらめな数字を作ろうとしても特徴が出てしまうため統計学がそれを見破れることがある。

要するに統計学はウソをつくし、ウソを見破る。私たち人間と同じである。