反事実モデル

先日、当部で組織替えを行った。マネジメントの父と称されるピーター・ドラッガーは「組織改革は手軽に行ってはならない。それはいわば手術である。小さなものでも危険を伴う。安易な組織改革は避けなければならない。」と警告している。無論、組織替えを断行した側の私としてはこうした懸念にはくれぐれも留意したうえでのことなのであるが、一般論としては成功が約束された行為ではないということになるのだろう。疫学分野では「事実」に対して実際とは違う方のそれを「反事実」という表現を用いる。実際に結婚している人であれば「もし結婚していなかったら」というのは反事実であり、当部においては「もし組織替えをしていなかったら」が反事実である。当然のことながら反事実は観測することが出来ないのであるが、我々は知り得た方だけの評価をもってして「結婚してよかった」「結婚しなければよかった」と評価をしてしまう。これは論理学的には正しく無い。何故ならば反事実の方がより良い成果を生んでいた可能性を否定できないからだ(観察出来ない帰結、ということでPotential outcome<潜在的アウトカム>ともいう)。RWDを用いた医学系研究における先回から引き続きのテーマである「フェアな比較を目指して」という課題は「反事実の結果が観測できない故の悩み」と言い換えることが出来る。つまり、もし反事実の結果もわかるならフェアな比較が出来るということだ。Aという治療とBという治療を同一人が同時期に受けたデータさえあれば、これほど簡単な比較は無いだろう。しかしながらこれはファンタジーの領域であり、「結婚した私」と、異次元にある「結婚しなかった私」を比べることが出来ないことと同じく、単なる無い物ねだりである。フェアな比較のための方法論を粛々と学び習得し、観察出来ない反事実という課題を乗り越えるより他に道はない。

多変量解析の結果の見方

先回紹介した回帰分析の結果はザックリと表1のように結果として表現される。

表1
肝毒性のリスク 調整しないオッズ比 調整されたオッズ比
治療薬(A薬) 2.0 (1.5-2.5) 1.5 (1.0-2.0)
年齢(80歳以上) 3.1 (2.4-3.9) 2.5 (2.4-3.9)
体重(30kg未満) 1.7 (2.4-3.9) 3.1 (2.4-3.9)
腎合併症(有) 3.5 (0.9-8.7) -
肝合併症(有) 3.1 (2.4-3.9) 3.0 (2.3-3.8)
喫煙(有) 5.5 (0.1-15.2) -

この表はあくまでイメージであり、数字も創作である。医学薬学系で多く利用されているロジスティック回帰分析を想定しているが、もしこれがCox回帰分析であればオッズ比ではなくハザード比となる。治療薬Aには肝毒性の副作用が懸念されており、それがどの程度なのか知りたいという研究の結果、気になる6つのファクター(治療薬、年齢、体重、腎合併症、肝合併症、喫煙)の影響度合いがオッズ比という指標で示された、というストーリーを想定したうえで見て頂きたい。「治療薬(A薬)」の列は「薬Aが選ばれた」群が、そうでない群、つまり「薬Aが選ばれなかった群」ないしは研究デザインによってはズバリ2つの治療だけを研究対象とするものも多いので、その比較対照群である「薬Bが選ばれた群」と比べてどうだったか、という結果が示される。「調整しないオッズ比」というのは単回帰分析、つまり「肝毒性発症あり/なし」を目的変数とし、「治療薬Aあり/なし」だけを説明変数とした結果であり、「2.0 (1.5-2.5)」という表記は点推定としてオッズ比2.0、ザックリ言えば2倍のリスク、カッコ内の(1.5-2.5)はその95%信頼区間、つまり区間推定としてオッズ比が1.5から2.5の間にあるということを指す。調整しないオッズ比は背景の偏りを補正していないので比較したい治療間においてフェアな比較がされていないということになる。より重要なのは右の「調整されたオッズ比」の方であり、こちらは気になる患者背景等による不公平な偏りを補正している。「薬Aによる肝毒性リスクは調整オッズ比1.5(95%信頼区間1.0-2.0)であった」、がこの研究の結論として解釈される。

なお、表1の研究目的が「薬Aによる肝毒性リスクが知りたい」ということではなく、あくまで当該疾患の治療実態として「肝毒性リスクはどのような因子がどの程度影響しているのだろう?」ということであったならば研究結果の解釈としては「肝毒性リスク増に影響する因子は、体重30kg未満(3.1)、肝合併症あり(3.0)、年齢80歳以上(2.5)、薬A(1.5)であった(数字は調整オッズ比)」と表現されるだろう。薬Aの選択よりもむしろ低体重や肝臓に元々合併症がある人の方がより肝毒性のリスクが大きいということが示唆された、といったところが考察されることになるだろう。