「医療データを2次利用する研究はどうも好かない。あれは人のフンドシで相撲をとるようなものだ」と言われたことがある。その人が女医さんだったので女性がフンドシの話をすることもあるのだな、と主題とは関係のないところに引っ掛かりもあったが、まあ確かにその通りではある。自ら集めたデータを使った研究を行った経験のある人ならば多かれ少なかれ他者の集めた医療データを使った研究に何らかの“努力していない”後ろめたさを感じることがあるかもしれない。一方で医療データを適切に使った研究を行うためには通常の研究とはまた違った多くの困難もある。到底一人で出来るものでもなく、その意味では“フンドシ”とは言わなくても多くの人たちが関与してくれてようやく医療データ 用いた研究は実を結ぶ。思いの外、楽な道のりでは無いのである。

さて、今回は医療データを用いた研究の”Real”について、食材の調達から実食に至るまでの料理を例えに概観してみようと思う。あらかじめ申し上げておきたいのは既存の医療データを“目的外”に使った研究というのは王道ではないということだ。医療データは必ずしもこうした医学系研究に分類されるような研究利用ばかりではなく、シンプルな基本統計量の算出や円グラフ、折れ線グラフの描写といった利用の方にこそ利便がある。他方、医学系研究の王道は冒頭の女医の先生が言われた通りで、自らが頑張って情報を集めるというアプローチである。ただ、偶然か必然か、研究者がアクセス可能な医療データで解決可能なテーマがあったならば、前回紹介したFINERのF、つまりフィージビリティ(研究の実現可能性)は格段に高まる。今回は幸運にも自身の知りたい問いについてどうやら医療データを使って研究が出来そうだ、という状況にあるという前提でお話を始めたい。

材料を揃える

料理を始めるにあたってまずは食材を揃える必要がある。また、料理人と調理器具といった環境も揃えなければならない。医療データ研究でいうならば食材とは医療データであり、調理器具はそのビッグデータを効率よく格納したり抽出したり計算したりといったバリデーション(保証)された環境であろうか。そして料理人は実際に解析を行うプログラマー。

あるいは本コラムの第7回で紹介した多様なスキル所有者が勢揃いする必要もあるわけで、その意味では(1)当該領域(2)情報工学(3)統計解析(4)疫学(5)法学の、それぞれの専門家集団の全体像がここでいう料理人といえるかもしれない。よい食材、よい料理人を集めるにしても先立つものが必要になってくる。自らが無償でアクセス出来る医療データを所有し、また(1)~(5)のそれぞれに相応の造詣があるという人というのは稀であろうし、やはりどこからか資金を調達してきて、そのお金で食材と料理人を揃えなければ始まらない。欧米の優秀な研究リーダーは研究の資金、グラント(grant、助成金)を獲得するためのスキルが必須と聞く。すなわち、非専門家に対してわかりやすく、しかも情熱的なプレゼンによって「資金を出しても良いな」と思わせなければ研究員の生活を担保出来ないということになるので、むしろ当該領域の学術力、専門力よりもこのスキルは重要であるといえるのかもしれない。国内においてもヘルスケア分野の研究であれば厚生労働省科学研究として認可して頂いたり、AMED(日本医療研究開発機構)の公募へ申し込んだりすることで費用を確保出来る可能性もある。また、製薬企業にとって自社の医薬品に関して競合差別化をするうえで意義のあるテーマであれば出資されることもあるだろう。科学は純粋なものではあるがそれに「先立つもの」が揃わなければ価値ある研究の実施が実現される可能性は高くならないというのが”Real World”である。