下ごしらえ

食材として適切だと思えた医療データではあっても、今回の研究に該当する症例数が思いがけず少なかったり、研究の鍵となる項目にキチンとデータが入力されていなかったりしないかという不安は残る。その意味で大まかにどの程度の数が含まれているのかを本研究よりも前に確認しておく必要が生じることが多い。また、解析がしやすいように病名や医薬品名にコードが付与されている医療データばかりではなく、単に文字が入力されているのみ、という状況であれば研究者自らが適切なコードを付与するなど、同じ意味合いで異なるフリー記載のものを同じものとして処理できるようにするための準備が必要である。

加えて、本コラムの第10回で述べたように「レセプト病名(保険請求で用いられた病名)と実際の病名は違う」心配が大きいならば、バリデーションスタディの実施を行う必要が生じる。ここでいうバリデーションスタディとは、例えば医療データ内にある病名と臨床検査値との見比べ―例えば「白血球減少症」の症例における白血球数が減少しているのかどうか等―で済ますことが出来る場合もあれば、レセプト病名と電子カルテ上の病名と見比べるといった手間暇掛かる場合もある。後者の場合において医療データの中に電子カルテ由来の情報が無ければ、実際にその病院に出向いていって協力を要請するしかないこともあり、こうしたバリデーションスタディの必要性を医療現場の人が了解していただけなければ成立しないため、この「下ごしらえ」過程で研究実施を断念する場合もある。ただ、必ずしもこうしたバリデーションスタディを新たに実施しなくても先行研究者らが別途行ったバリデーションスタディの結果があれば、ある程度の信ぴょう性がわかるということもあり、バリデーションスタディを省略することが出来たりもする(その意味においてバリデーションスタディの結果は社会の共有財産とするような仕組みが望まれる)。

こうした事前調査によって期待外れ、ということがあれば対象症例の条件を少し緩和したり、病名の定義に「治療薬の処方」を加えたりするなど、当初想定していた定義を修正する必要も生じるだろう。

調理

集計解析の実施を料理における「調理」の工程に例えたい。ここが一般の医療研究とはニュアンスの違うところであって、自らが行う研究のボディはむしろ情報を集める工程であるとした方がしっくりとくるかもしれないのだが、如何せん情報収集過程が省略出来る医療データを用いた研究においては集計解析そのものがまさにボディ部分と私は認識している。因みに「医療データを用いた観察研究」と一括りに言っても、多くの研究では既存の医療データだけで完結させるのではなく、そのデータに不足のある項目(例えば喫煙の有無など)を、患者さんに問い合わせて追加する、といったフィールドでの研究との融合型の研究も多い。さて、誰がこの「調理」をすべきか。研究一般にいえることであるが、複数の治療候補を比べる研究において、研究者やその所属する団体は中立な立場ではないことも多いだろう。私は製薬企業に勤務しているため、自社の医薬品処方を使った治療が他社より劣るのは喜べない立場にある。このような場合には、労務軽減や専門性の補完とは別の理由「中立性の担保」の一助として解析業務を他者へ外注した方がよい、とも言えるだろう。