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倫理学は道徳哲学であり、哲学分野のテーマが基本的にそうであるように明確な正解は存在しない。これを良いことに(?)今回は持論を展開することと相成ったが、それでもやはり基本的な社会合意を抑えておく必要がある。その意味ではヘルシンキ宣言(人間を対象とする医学研究の倫理的原則)*に立ち返ってみることも重要である。医学系研究は人体実験といった悍ましい非倫理的な過去を反省し、数多くの先人たちが世界共通の倫理的原則を構築してきた歴史があることを我々は忘れてはならない。 さて、とある研究によると資金提供された企業にとって残念な結果となってしまった医学系研究の多くは、「考察」としてそのスポンサーに重々配慮した表現を選んで記述することが多いらしい。これは中立性の視点では倫理上、好ましくないことなのかもしれないのだが、社会的にみるとやはり血の通った人間同士の返報性の原理に即していて倫理的配慮にもみえる。このようなときに極めてクールに結果を記述する方が倫理的な人なのか、それともスポンサーに配慮した記述をする方が倫理的な人なのか。より倫理的にあらんとしたとき、果たして正解の無い道徳哲学のスキルをどのように向上させたら良いのか、戸惑うばかりである。

【 参 考 】

「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」平成26年12月22日

https://www.lifescience.mext.go.jp/files/pdf/n1443_01.pdf

日本医師会 ヘルシンキ宣言

http://www.med.or.jp/doctor/international/wma/helsinki.html