ファクト(真実)がもたらす効果

前述のように「わからないものを調べる」使い方だけに留まらず、「既に知られているが具体的な数字がわからない」ことを調べることも意義があるだろう。リスクとして知られている肥満や喫煙が、より具体的に何年の寿命にかかわるのかといった定量値として示されることになれば、より説得力のある情報となる。これは我々の行動変容をより強めてくれることだろう。赤裸々に真実が暴き出されてしまうという視点においては、ときには利害関係者にとって不都合な情報が開示されるということもあるだろう。しかしながら、例えば真に健康に役立つために情熱をかけている会社が(製薬企業に限らず)ハッキリとした定量値で示されるならば、よりよい企業活動へ向けてのモチベーションアップにもつながるだろうし、その逆に健康に悪い影響をもたらす企業の活動是正や淘汰にも貢献する。医療機関別の治療成績が数値化され比較可能となることは、必ずしも全ての医師、医療機関から賛同が得られるとも思えないが、国民にとっては福音だ。HTA(医療の技術評価)の目指すべき方向とも整合し、より手術の上手な医師により多くの報酬が支払われる、という世界につながるかもしれない。優れたプレイヤーがより賞賛される世界は技術向上の動機付けを与え、結果として全体のスキル向上そして社会の進歩につながる。さらにはゲノム情報とつなげることで、医薬品の処方のみならず、どのような食品が、どのような行動が当人にとって最適なのか、“プレシジョン(Precision、精密)”レベルで調べることも可能となる。

PV分野における渇望

データをつなぎ合わせること、データリンケージの話は主に医薬品の承認申請等を踏まえた国際競争の中で語られることも多いが、より切迫しているのがファーマコビジランス(医薬品の安全性監視活動、PV)分野ではないだろうか。本コラムでもPV分野における国家事業であるMID-NET(医療情報データベース基盤整備事業)について以前紹介したが、このプロジェクトの発足動機となった「薬害再発防止のための医薬品行政等の見直しについて(最終提言)」*の中には次の一節がある。

“また、異なる情報源からのデータがリンク可能となりかつデータのバリデーションが可能となるような仕組みがない限り、その有用性は極めて限定的なものになる(後略)”

すなわち、薬害の再発防止のために立ち上げた現在のMID-NETでは、当該の病院以外の情報は得ることができず、仮に同時期に別の病院で治療を受けていたとしてもわからないうえ、別の病院に転院してしまったのでは以降の情報は欠落してしまう。これでは医薬品の併用による毒性の増大や、長期処方によるリスク、あるいは催奇形性といった世代間をまたがる副作用リスクは検証することができないため、データ同士がリンクしている他国にその検証をお願いするより仕方がない。特に今は「先駆け承認」の仕組みに対する期待が盛り上がっているが、医療データ間がつながっていない現状では仮に副作用リスクに伴う発売中止を他国に先駆けて判断することは難しいのである。

悪用防止策

データのリンクに対して慎重派は主に漏えい等のリスクが甚大であること、そして悪人に都合が良すぎるといった主張のようである。また、口には出せないものの、不都合な真実が暴かれることを恐れる、というのが本音である可能性もある。こうした反論に対しては確かにその通りだと思う。ゲノム情報の漏えいはこれまで社会として想定していなかった次世代、次々世代、未来永劫に至るまでの差別やいじめのリスクを背負うことになる。

すなわち、「○○病になるリスクが100倍もある」「犯罪を犯すリスクが1000倍もある」等々。その意味では社会哲学的な視点でしっかりとした議論が必要であることには賛成である。一方で国際競争の視点も踏まえる必要もある。周辺諸国では既にデータ同士のリンクが促進されており、医療系分野だけでなく様々な社会活動の効率化に貢献している。中国など医薬品等の市場未開拓地としてのポテンシャルが高い国が数多くあり、こうした国で医療データのリンクと利活用が進めば、既に医薬品市場としての魅力が停滞している日本から魅力的な医薬品が登場する可能性はどんどん減ってしまうだろう。また、リスクをゼロにしなければデータのリンクは進めるべきでない、というのは極論でもある。飲酒、食べ放題、自動車、飛行機、インターネット、、、。

嗜好品から発明品に至るまでゼロリスクというものはないわけで、禁酒法のごとくデータリンクを禁止とするよりも、飲酒運転を違法としたり、航空管制を強化したりといったように、「悪用」に対する別の規制や対策をする方が適切だろう。