患者中心主義

「患者中心」という言葉がこのところ声高に叫ばれている。これまでの医療やその周辺のプレイヤーには少なからず患者中心ではなかった点が見受けられるということなのだろう。患者中心主義の起源を紐解くと、どうやら1980年代にPatient-Centered Medicine(患者中心の医療)という概念がカナダの大学で提唱されたのが始まりのようである。「治す」ために医療者のみが独りよがりで治療方針を決めるのではなく、患者が抱える事情や背景を考慮し、それぞれの患者事情に適したオーダーメイドの治療計画を双方が納得する形で決める。また、現代版(復刻版?)ではMedicine(医療)という単語が削られていることからも、医療の周辺である、例えば製薬企業であったり行政であったりといったプレイヤーに対しても「営利優先主義に陥ってはいないか」「規制の遵守第一主義ではないか」といった警鐘の意味も包含しているのだろう。「自分は患者さんのことを常に中心に考えている」と自負されている諸氏にあっても、今一度、さらに患者中心を推し進めるには何ができるのかを考えてみても損はないはずだ。医療サービスの中心的な指標である病気の治癒率や、我々製薬企業で特に気になる指標である副作用発現率のほかにも、患者中心の視点で評価に使える指標はある。来院回数や病院での待ち時間、治療に伴う苦痛の軽減、共感力をもって接することの大切さ、検査や治療の経済的な負担等々。他の産業が当たり前に用いている「顧客満足度」を持ち込んで考えてみると、より多角的に「まだやれる患者中心への貢献」は色々とありそうだ。では、その顧客満足度を推し量るうえで患者さんの本音をどのようにして入手したらいいのだろうか。そこで浮上してくるのがソーシャルネットワーキングサービス(SNS)に代表される、インターネット由来の情報である。先に述べた通り、何でもありのインターネット由来情報ではあっても、特に患者さんの「本音」を拾い出すにはこれ以上に適切な情報源はない、といったら大げさだろうか。

ナラティブ(物語)データ

患者さん自らの“語り”はナラティブデータといわれ、疾患領域によっては診断や治療のための重要な情報源となる。認知症や発達障害、精神疾患系などで欠かせないだけでなく、これを上述した「患者満足度」の評価指標としても考えてみたい。ナラティブデータの特徴は何より電子カルテや医事会計システムから得られるデータのような基本的に項目ごとに文字、数値、日付、単位、コードといった決まった形状(フォーマット)で整備された構造化データではないところにある。また、患者さんの語りを入手するという特性からそのインタビューには相応の時間を要するため、従前の研究デザインであれば10例、20例程度のデータを収集するにも一苦労である。ところが、今時のSNSを活用した研究デザインを考えてみるとどうだろうか。研究者サイドが「文章にしてください」とお願いしなくても、闘病記はネット上に溢れ、そこにはインタビュアーとの関係性によるバイアスの心配もない。むしろ「あんなインタビューでは本当のことなんて言えないわ」という本音も拾える可能性もある。実際のところ、受けている医療サービスに不満があったとして、それを医療者に正直に伝えることができている患者さんはまれではないだろうか。患者さんの立場にしてみれば、医師らの機嫌を損ねることによって最適ではない医療が提供される可能性が少しでもあがることを極端に恐れる。それは自身の病状回復や命に直結するからだ。その点、思いがけずインターネット・テクノロジーがもたらした「患者さんの本音を聞ける可能性があるデータ」は地球上に初登場したものであって、利用しない手はない。さらに踏み込んでいえば、患者さんたちのつぶやきの集合体は、医療が果たすべき役割は何か、保険制度はどうあるべきか、病院で亡くなることと自宅で亡くなることはどのような違いがあるのか、といった社会学、医療経済学、哲学等へも我々の関心を誘ってくれる。潜在力は計り知れないのだ。