歴史の終わり幻想

ハーバード大学の心理学教授、ダニエル・ギルバート先生によれば、私たちは価値観、好み、性格や趣向について「これまでの10年、20年ではいろいろと変わったが、これからの10年、20年はさほど変わらないだろう」と勘違いしてしまうらしい。これを自身としての“ゴールに達した”という思い違いという意味で「歴史の終わり幻想」と言うのだが、実際のところは社会がそうであるように、また自身の外見や体力が(悲しいかな)そうであるように、やはり価値観や趣向すらも自分が予想しているよりは随分と変化する。ただ、この思い違いは必ずしも悲観するものではない。むしろ社会環境の変化に伴い、私たちが置いてけぼりを食らうのではという予想を良い意味で外し、案外とそれなりに折り合いを付けて過ごすことができる変化対応能力が備わっているということでもあるからだ。

さて、電子データはこれからも指数関数的にその量を増やし続けて行くのだろうか。AI技術もまた進歩し続けるのだろうか。シンギュラリティ(AIの賢さが人間に追いつく)の先にある社会とは一体どのようなものなのだろうか。「医療データ活用の未来」をテーマに私なりに想像を膨らませてコラムを書いてはいるのだが、何年か先の未来に読み返したらきっと大外れで赤っ恥をかくことだろうと思っている。なぜなら、歴史の終わり幻想、ヒトは自分のことすら正しく予想ができない生き物なのだから。