バイタル情報の取得

ウェアラブル(wearable)は「身に付けられる」という意味だが、一方で「モバイルの進化形」とみなすこともできそうだ。医療データ活用の視点からウェアラブル端末の普及をとらえると、それを装着している限りにおいて病気の有無を問わずバイタル(生命徴候)情報をデータ化し続けてくれる、不眠不休の働き者ということができる。既に実装化している技術としては歩数等の活動量、心拍数、睡眠時間や熟眠の度合い、睡眠中の所作からの皮膚炎(痒み)の推察、スマートコンタクトレンズによる血糖値などがあり、こうした技術がもたらすデータの累積は、新たな医学系研究の材料として期待されているところである。

ただし、それがどの程度まで正確なのかという課題の解決はこれからだ。私たちは既に体重計や体温計、血圧計については(それが安モノではない限り)全幅の信頼を寄せているところであるが、ウェアラブル端末で測定した血圧値はまだその信頼レベルにはないという声も多い。それでもなお昼夜を問わずバイタル情報を測定し続けてくれるという技術は魅力たっぷりである。医学薬学系の研究において「昨夜はよく眠れましたか?」と質問しなくとも、睡眠時間や熟眠の度合いを測定してくれる。被験者にとっても案外と曖昧な就寝時間や睡眠の質について、わざわざ記憶を手繰り寄せて報告する必要もなくなる。こうした人の手間の軽減のみならず、ウェアラブル端末による測定は細かい数値化が可能であり、睡眠時間の測定等、既に一部の項目では研究するうえで欠かせない技術となっている。

最終顧客との直接コンタクト

「お客さまは神さまです。」という常とう句があるように、民間の企業にとって顧客は最重要なステークホルダーである。昨今の「神」という言葉のカジュアルな使い方と比べれば“神さま”は大げさな表現でもない。

さて、医薬品や医療機器分野において「顧客とは誰か」と問うたときに、およそ2種類の回答が想定されるだろう。すなわち、購入を決める人か、それとも使う人なのか。購入の意思決定をする人はその医薬品を実際に使う人ではなく、マーケティング分野の概念で整理するならばそれは「直接顧客」、実際にその医薬品や医療機器を使う人は「最終顧客(エンドユーザー)」となる。ペットのエサを製造販売する生業の企業にとって直接顧客はペット所有者で、エンドユーザーはペットということになる。メーカーにしてみれば犬や猫がどれほど満足しているのか、あるいはヘルシー志向品でペットの味の好みには満足度が低くても直接顧客の方が満足すればそれで良いのかというのは、どちらも確かに「顧客満足度」というテーマではあるのだが、ターゲットも違えば販売戦略も違ってくる。これまでの医薬品産業は実質的に直接顧客への満足度”優先主義”が主であったが、前回のコラムで触れたように患者中心主義が叫ばれる中にあって、モバイル技術を通じてエンドユーザーの声を製薬企業が直接入手することが容易となれば、産業構造を変化させることになるだろう。以前、本コラムでも紹介したが、患者報告アウトカム(Patient Reported Outcome、PRO)は、益々その視点、重要性が高まってくるものと思われ、モバイル技術によって医療者を介さずにエンドユーザーの声を拾うことができれば、医師には遠慮があって言えない本音を拾える可能性も広がる。また、「そちらの医薬品を使いたいのだけど、どの病院なら処方してもらえますか」といったように、エンドユーザーが直接顧客化する動きが加速する可能性もある。