バーチャル臨床試験

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バーチャル(virtual)という言葉は本来、「事実、実態ではないが本質を示すもの」であって、バーチャル臨床試験はいわゆる仮想現実のことではない。医薬品の承認申請において課せられる臨床試験について、スマホ等のモバイル技術を活用することによって被験者が医療機関に足を運ぶことなく行われる臨床試験のことである。医療機関を訪れる回数を半数程度に減らすレベルのものから、より斬新なものになると被験者のリクルートから同意取得、契約に至るまでの全てを被験者が医療機関に訪問することなく遂行するといったものもあるようだ。日本ではまだバーチャル臨床試験の十分な実績は聞こえてこないが、世界的には既に相当数が進行中である。研究テーマによってはウェアラブル技術により取得したバイタル情報を使ったり、PRO情報を取得したりとフレキシブルで、医療系の研究分野にあって前述したモバイル技術に関わる様々な要素活用の集大成ともいえるだろう。

もちろん、これは医薬品の承認申請に関わる研究だけではなく、観察研究一般でもその利用が盛んになっていくことが見込まれている。こうした流れをいち早くキャッチし新たなサービスを展開しているのがアップル社である。今年の初めにCEOのティム・クック氏が「来る未来、人類へのアップルの最大の貢献は何でしたかと尋ねたなら、それは健康に関わるものとなるでしょう」と語ったことは有名である。確かにアップル社が提供している医学系研究支援のアプリResearchKit*は秀逸であり、アップル社のサイトによればパーキンソン病、自閉症、発作、脳しんとう、糖尿病、メラノーマ、産後うつ病、睡眠習慣、ロコモティブシンドロームと、そのカバーする疾患領域は幅広い。オープンソースであるこのResearchKitを使って開発したアプリとして国内で有名なものとしては、慶應義塾大学が2015年11月にリリースした臨床研究用iOSアプリ「ハート&ブレイン」がある。不整脈と脳梗塞の早期発見を目的としたこの研究について、特に研究者を驚かせたのは短期間で1万例の被験者を集めることができたことであったそうだ。これは本気で医療研究の企画、運用をした人ならば強く共感されることだと思うが、例えば100例集めるのにどれだけの苦労と時間を要するだろうかと考えると、被験者集めの“革命”と言っても過言ではない。

デジタル療法(Digital Therapeutics、DTx)

「医療データ活用」と少し趣旨は異なるのだが、デジタル療法、「治療アプリ」についても触れておこう。製薬企業に勤める我々にとっては、あくまで物質が薬ではあるのだが、スマホのアプリを使うことによって病気が治ったり改善したりという話は捨て置けない。アプリが実際に病気を治すということになると、果たして製薬産業、医療機器産業はどのように様相を変えるのか注目されているところでもある。かといって製薬企業が治療アプリの開発に参画すべきかといえば、それは一概には言えないだろう。これまで物質工学由来の技術にて医薬品の研究開発に携わってきた企業が、モバイル技術やアプリ開発技術に長けた分野のIT企業と対峙して「治療アプリ」開発で競争優位立てるとは限らないからだ。実際のところは製薬企業とIT企業がタッグを組んで治療アプリを開発するといったケースも多いようである。日本では禁煙治療アプリや、小児の注意欠陥/多動性障害(ADHD)治療アプリ、自閉症スペクトラム症治療アプリなどが開発中または開発を控えていると聞く。当然のことながらスマホを薬のように飲み込んだりはしないわけで、こうした治療アプリが患者さんに影響を与えるのはあくまで「行動変容を促す」ことであり、そのためには心理学や行動学分野の専門スキルが欠かせない。これについては次回触れたいと思う。