米国の現行銃規制法では、テキサス州とハワイ州を除く48の州では認知症と診断された人の銃所持を禁止する法律は存在しないため、家族が本人と銃の処分について話し合い、対応することが重要となってくる。しかし、「そろそろ銃を手放してはどうか」と本人に話しても、素直に応じてもらえないケースが少なくないようだ。高齢者の認知症と銃の問題について明らかにしながら、認知症の高齢者に家族や医療専門家がどう向き合えばよいのかを考えてみたい。

認知症の夫が妻を銃で撃つ

2015年5月16日、オレゴン州ダレスに住むディー・ヒルさん(当時75歳)は自宅から緊急通報をして、夫に誤って銃で撃たれたことを告げた。

「ご主人にどこを撃たれたのですか?」
「腹部です。夫はいま話すことはできません」
「落ち着いてください。すぐに救援を送ります」

夫のダレルさん(当時76歳)は定年退職した元警察署長で、銃の扱いに慣れていて、家に6、7丁の銃を持っていた。しかし、その事件を起こした2年ほど前、進行性の早い認知症と診断された。

その時、ディーさんがまず心配したのは家に置いてある銃をどうするかであった。夫は銃が好きなので、「手放してほしい」と言っても簡単に応じてくれないだろうと考えた彼女は、夫に相談しないまま家の中にある銃を全て裏庭の納屋の金庫にしまい、鍵の番号も変えた。

すると、夫は毎日のように「自分の銃はどこにあるのか?」と聞いてきた。彼女はそのたびに話題を変えてなんとか切り抜けたが、それもだんだんうまくいかなくなった。「どうしても銃を見せてほしい」としつこく言うようになったのだ。

そして、その日はたまたま夫の体調が良さそうだったので(認知症患者の体調は日によってまちまち)、彼女は少し気が緩んだのか、夫に銃を見せてしまった。それが悲劇の始まりだった。警察官時代に使っていたグロックピストル(小型拳銃)と、射撃練習に使っていたレボルバー(回転式拳銃)を金庫から取り出し、弾が入っていないことを確認してテーブルの上に置いた。

車椅子に乗っていた夫は手を伸ばして、テーブルの上の拳銃の1つを取ろうとしたが、その時、何かを床に落とした。ディーさんはそれを拾おうと体を前かがみにした瞬間、銃声が響いた。その直後、彼女の腹部から血が流れ出たが、夫は何が起きたのかわかっていない様子だったという。

彼女が「電話をとって」と頼むと、夫は「なぜ? 誰にかけるのか?」と聞いた。「救急車を呼ぶのよ」と言うと、「ああ、わかったよ」と言ったという。ディーさんは「PBSニュース」(2018年6月25日)の番組で、この時の様子を詳しく語った。

「拳銃に弾が入っていないことを確認したつもりだったのですが、一発だけ見逃していたのです。弾は腹部から背中まで達していました。でも、夫は認知症のため、何が起きたのか全く理解していなくて、発砲にも気づかなかったのか、あわててもいませんでした」。

この事件でディーさんは重傷を負い、もう少しで取り返しのつかない所だった。2カ月近く入院し、3回の手術を受けて、片方の腎臓、胃の一部、結腸を摘出したそうだ。

事件から約1年後に夫は死亡したが、最後まで何が起きたのかわからないままだったという。「私が怪我をして具合が悪いのはわかっていましたが、どうしてそうなったのかはわからずじまいでした。でも、それで良かったと思います」。

ディーさんは夫と結婚して57年。夫が生きている限り、本人の同意なくして夫の銃を勝手に処分できないと考えていたという。だから、認知症の夫に「(隠した)銃を見せてほしい」と何度も言われ、断り切れなかったのかもしれない。

彼女はPBSニュースの記者に「あの日、銃を見せたことを後悔したことはありますか?」と聞かれ、「いいえ、後悔していません」と、きっぱり答えた。

「夫は40年、いえ50年近くも警察の仕事をしてきて、いつも銃を持ち歩いていた人です。その銃を彼が見られない所にずっとしまっておくなんて、見せてもあげないなんて。どうしても、それはできませんでした」。

夫のことを心から愛していたからこその言葉であろう。しかし、ディーさんはその夫に銃で撃たれ、しかも夫には彼女を撃ったという認識はなかったようだという。これが、認知症患者が銃を持つことの怖さなのである。