米国で患者数が500万人を超え、死因としては6番目に多く、死に至る進行性の病として恐れられているアルツハイマー病。その治療法はまだ存在しないが、原因についてはかなりわかってきた。現在のところ有力な説は、脳の炎症が発症リスクを高めるのではないかということだ。
オハイオ州立大学のゲアリー・ウェンク教授(神経科学)は25年以上にわたって脳の炎症を抑える治療法の研究を行ってきたが、10年ほど前、大麻の成分がアルツハイマー病の予防に役立つのではないかと考え、動物実験を始めた。その結果、大麻の成分にはアルツハイマー病の予防効果があるとの結論に至ったという。ウェンク教授に話を聞いた。

矢部 10年前に大麻の成分がアルツハイマー病の予防に有効ではないかと考えたそうですが、そのきっかけを教えてください。

ゲアリー・ウェンク教授(以下、ウェンク) きっかけは大麻の使用とアルツハイマー病の発症率の関連を示した疫学調査です。米国では1960年代から70年代にかけてヒッピー文化が盛り上がり、多くの若者が日常的に大麻を吸っていました。その世代の人たちはいま60代後半から80代くらいになっていますが、彼らの中でかつて大麻を常用していた人のアルツハイマー病の発症率が低いことが示されたのです。疫学調査は流行病などの原因を広く統計的に調査するもので、科学的に信頼性が高いとはいえませんが、アルツハイマー病の予防法を考える上で重要なヒントになりました。

それから、マウスに毎日1回少量の大麻を投与する動物実験を行いました。その結果、大麻の成分には脳の炎症を抑える効果があり、アルツハイマー病の予防に役立つのではないかとの結論に至りました。今日、多くの研究者がアルツハイマー病の発症原因とされる脳の炎症を抑える薬の開発に取り組んでいます。しかし問題は、その薬の成分が血液脳関門(BBB)を通過して脳の中に入り込むのが非常に難しいことです。ところが大麻の成分は容易にBBBを通過して脳の中に入り込み、抗炎症効果を発揮することができるのです。

ただ、あくまで予防ですから、アルツハイマー病になってしまった人たちの治療には効果は期待できません。それでも現在30~40代くらいの人たちが毎日少量の大麻を使用することで、将来の発症を予防できるかもしれないのです。

関節炎患者にアルツハイマー病が少ない理由

矢部 アルツハイマー病の発症リスクとされる脳の炎症は何が原因で起こるのですか。  

ウェンク 多いのは頭部外傷です。交通事故やスポーツなどで頭部に深刻な外傷を負い、その後脳に炎症を起こし、それがなかなか消えないような場合は将来のアルツハイマー病の発症リスクが高くなるでしょう。他に遺伝子の突然変異などが脳の炎症の原因として考えられています。

矢部 最近の調査で重度の関節炎を抱える人は、アルツハイマー病になる可能性が非常に低いことがわかったそうですが。  

ウェンク その通りです。関節炎の痛みを鎮めるために、毎日多量の抗炎症薬を服用していることに理由があるようです。関節炎は40~50代くらいの人に多いですが、彼らはその後長い間、抗炎症薬を服用することになります。それが結果的に脳の炎症も抑えるのではないかと考えられています。医学的な根拠はまだ解明されていませんが、神経科学者の間ではよく知られていることです。

また、インド人はアルツハイマー病の発症率が非常に低いことがわかっています。彼らが常食とするカレーのスパイスに抗酸化・抗炎症作用があり、それによって脳の炎症を抑えることができるので、アルツハイマー病になる可能性が低いのではないかということです。

アルツハイマー病の発症パターンを世界的にみると、発症率が高い国と低い国があり、生活習慣や食事、環境、遺伝子などが関係していると思われます。米国では肥満が流行し、糖尿病などの原因となっていますが、肥満はアルツハイマー病の発症リスクを高めると考えられています。

矢部 肥満がなぜアルツハイマー病のリスクを高めるのですか。  

ウェンク 肥満の人はより多くの脂肪細胞を持っていて、それが炎症性のタンパク質を作り出すからです。脳に炎症性のタンパク質が大量につくられると、物事を認識する力が低下し、脳の働きが悪くなります。いずれにしても大量の脂肪が脳や心臓周辺に蓄積されると、健康リスクは高まります。