最近、「老後破産」や「下流老人」などの言葉をよく目にするが、要するに年金だけでは生活できない貧しい高齢者が増えているということだ。国民年金を40年間納付しても毎月の支給額は6万6千円弱で、家賃を払ったらお金はほとんど残らない。国民年金と厚生年金の両方に加入しても月10~12万円程度しかもらえず、ギリギリの生活を強いられている人が少なくない。
現役時代は一生懸命働き、まじめに年金保険料を納めてきたのに、なぜ老後にこのような生活苦を強いられなければならないのか。貧困にあえぐ高齢者の実態やその背景に何があるのかなどについて明らかにする。

新幹線車内で焼身自殺した71歳の男

2015年6月30日、神奈川県内を走行中の新幹線の車内で、男がガソリンをかぶって焼身自殺を遂げた。逃げ遅れた女性1人が死亡し、28人が重軽傷を負う大惨事となった。男は東京都杉並区の林崎春生容疑者(71歳)で、犯行前に年金の受給額について不満を漏らしていたことがわかった。

彼は鉄工所勤めなど職を転々とし、1年程前に清掃関係の仕事を辞め、月額12万円程度の年金収入を得ていた。しかし、木造2階建ての古びたアパートの家賃が月4万円で、他に住民税や健康保険料などの支払いもあり、「これでどうやって生活すればよいのか。35年もかけたのにこれはひどい」と少ない年金の受給額への憤りをぶつけていたという。

事件の2週間程前、林崎容疑者は知り合いの杉並区議に生活苦について相談した。区議は、「生活保護の申請ができるかもしれない。相談に乗ります」と伝えたが、その後、同容疑者からの連絡はなかった。この区議とは10年来の顔見知りで、過去に複数の消費者金融から金を借りてローン返済に困った際に相談に乗ってもらったこともあったという。今回は自殺を覚悟するほど思いつめていたのに、なぜ区議の助けを借りて生活保護を申請しようとしなかったのか。

「“1億総老後崩壊”の時代がやってきた」と警鐘を鳴らす藤田孝典さん
「“1億総老後崩壊”の時代がやってきた」と警鐘を鳴らす藤田孝典さん

生活困窮者への相談支援活動をしているNPO法人「ほっとプラス」(埼玉県さいたま市)の藤田孝典代表は、林崎容疑者のその時の気持ちをこう推測する。
「生活保護と聞いて、“年金を35年かけてきたのに、なぜ生活保護なんだ”と思ったのかもしれません」。
つまり、長い間一生懸命働いて保険料を納めてきたのに、なぜ年金だけで生活できないのか、なぜスティグマ感(恥辱感)の強い生活保護を申請しなければならないのかということだ。

藤田さんは続ける。
「私たちの所に相談に来る人の中には、確信犯的に“年金は払ってないよ”と言う人もいます。それに比べれば、(同容疑者は)コツコツと働いてちゃんと年金を払ってきたまじめな人です。このような人を救えないとなると、日本の社会保障制度の存在意義はないと思います」

社会福祉士の藤田さんが代表を務める「ほっとプラス」では年間約300人の生活困窮者の相談を受けているが、うち約半数は65歳以上の高齢者だ。月10万円に満たない低年金で暮らす人が貯金も底をついて無銭飲食をしたり、家賃が払えなくて窃盗や強盗未遂をして逮捕され、警察署から連絡が来ることもあるという。

「明日家賃の支払い日だが払えないとなると、“どうしたらいいんだろう、この年齢でアパートを追い出されて、病気もあるし…。どこで保護してくれるんだろう”と精神的に追いつめられてしまう。“こうなったら、刑務所に入るしかない”と思いつめ、コンビニなどでナイフをちらつかせても相手を傷つけたくないので、未遂に終わることが多い。年間20人くらいは犯罪がらみの相談です」。

藤田さんはこうした人たちに生活保護を申請させるなどの支援を行っている。犯罪を犯す前に生活費の足りない部分だけでも受給するようにすれば良いのだが、生活保護に対する誤解があって、年金を受けていたり、収入があったりするともらえないと思っている人が多いという。「本来は政府がその誤解を解くための啓発を行うべきだが、ほとんどやらない」と苦言を呈する。

地域によって差はあるが、首都圏の単身者の生活保護基準は生活扶助費と住宅扶助費を合わせて月額13万円程度だ。したがって、10万円の年金をもらっている人は基準額との差額分を受給できることになる。そして受給者には原則として医療費や介護費なども扶助される。藤田さんが逮捕された人たちにそのことを説明したら、「そういうものが受けられるんだったら、犯罪なんか起こさなければ良かった」などと話したという。

藤田さんは4年程前に「ほっとプラス」を設立したが、生活困窮者への支援活動は約12年続けている。10年程前は50代くらいの失業者の相談が多かったが、最近は年金だけでは暮らせないという60代、70代の高齢者の相談が急増しているという。