人は年をとると心も体も弱くなり、暴言・暴行などの虐待を受けてもなかなか自分で対応できない。自分の身を自分で守ることができなくなってしまうのだ。こうした中で、老人ホームや介護施設での虐待事件が多発している。2月には川崎市の有料老人ホームで、入居者3人をベランダから転落死させた容疑で元職員の男が逮捕された。この残酷な事件はなぜ起きたのか、介護の現場でいま何か起きているのか、無力な高齢者の尊厳と命を守るために何をすべきかについて考える。

川崎の事件は氷山の一角だ!

2014年11月から12月にかけて、神奈川県川崎市にある有料老人ホーム「Sアミーユ川崎幸町」で入居者3人が次々と不審な死を遂げた。11月3日深夜に87歳(当時)の男性が4階のベランダから転落死。続いて12月9日に80代の女性が4階から、12月31日には90代の女性が6階から転落して亡くなった。

そして2016年2月、警察はこの事件の容疑者として、元職員の今井隼人(23歳)を逮捕した。彼は逮捕される前、マスコミの取材に「家族のように思ってケアをさせていただいていたので、残念だし悲しい。食い止められなかったことに後悔している」と平然と語っていた。しかし、警察の取り調べに対し、「ベランダから突き落としたことに間違いない。殺そうと思って投げ落とした」と供述した。

それにしても悔やまれるのは、第2、第3の事件を防げなかったことである。最初の転落死が起きた時に施設側が徹底的な調査を行い、夜勤職員を増やす、監視体制を強化するなどの対策を取っていたら、結果は違っていたかもしれない。

Sアミューユの親会社「メッセージ」(岡山市)の第三者委員会がまとめた報告書などによると、系列施設でも虐待事件が起きていたことがわかった。2015年6月、名古屋市内の施設で職員が入居者の頭におむつをかぶせる虐待があり、同じく大阪府豊中市の施設でも同月、職員が入居者の首を絞めたり、殴ったりしていたことが明らかになったという(中日新聞2016年3月1日付)。

こうした状況から見えてくるのは、川崎の事件は氷山の一角に過ぎないということだ。実は近年、有料老人ホームや高齢者向け住宅などで虐待事件が多発している。2015年3月には東京都北区の高齢者向けマンションで、介護ヘルパーが入居者95人の体をベルトで拘束するなどの虐待行為を日常的に行っていたことが明らかとなった。また、2013年2月には24時間対応の医療・介護サービスをうたった「ドクターズマンション天六苑」(大阪市北区)で、入居者が介護されないまま放置される事態が発覚。大阪市の立ち入り調査で、入居者12人のうち9人に対して介護放棄のほか、外出など行動の自由の制限、面会時の監視や手紙の検閲などの虐待があったことがわかった。

2006年に施行された高齢者虐待防止法では、虐待行為を次の5つに区分している。
(1)殴る、蹴る、ベッドに縛りつけるなどの身体的虐待
(2)怒鳴る、悪口を言う、脅す、無視するなどの心理的虐待
(3)性的行為を強要したりする性的虐待
(4)年金や預貯金を本人の意思・利益に反して使用・制限したりする経済的虐待
(5)必要な介護・医療サービスの利用を制限したりする介護・世話の放棄・放任

虐待防止法は虐待を見つけたら市区町村に通報することを義務づけているが、密室性の高い老人ホームなどではそれがなかなか機能していないようだ。