心配なのは高額な医療費と介護費

先述したように米国には国民皆保険や公的介護保険はない。65歳以上の高齢者向けの公的医療保険「メディケア」はあるが、心臓病、癌など重大な病気になったり、長期入院したりすると支払額が膨大になってしまう可能性がある。

メディケアは社会保障税(社会保障年金の保険料)と一緒に、メディケア税を10年以上納めた人が65歳以上から利用できる医療保険である。財源は加入者が払うメディケア税と月々の保険料、連邦政府の税金によって賄われている。

メディケアでカバーされる医療プランは4つある。入院・手術などの「パートA」、外来診療・在宅看護などの「パートB」、追加保険料を払えば高度な医療などが受けられる「パートC」、処方薬などの「パートD」だが、被保険者は個々の健康状態などに応じて必要なプランを選ぶことができる。

メディケアは、65歳以上の高齢者に必要な医療を提供する上で重要な役割を果たしている。実際、メディケアのおかげで高額な医療費を請求されずに済んだという人はたくさんいる。一方で、メディケアに加入していても重大な病気になったり、治療が長引いたりすると高額な医療費を請求される可能性はある。これは優れた制度だが、不十分な点も少なくない。例えば、入院費用が全額補償されるのは60日までなので、入院が長引くと治療費がはね上がってしまう。

メディケアのもう1つの問題は、介護費用に関してはほんの一部しかカバーされないことだ。介護施設の費用がカバーされるのは最初の20日間だけで、それ以上は自己負担となる。そのため入居者の中には貯蓄を取り崩して介護費用を払っている人が少なくないそうだ。

手厚い年金をもらっているリチャードさん(前出)も介護保険をかけていないので、不安はあるという。特に最近、友人の奥さんがアルツハイマー病になり、介護費用が毎月約5000ドルかかると聞いて不安が高まっている。彼は「もし年金や貯金で払えなければ家を担保にお金を借りることも考えている」と話す。

このように中流老人にとって介護費用が大きな心配の種になっているが、米国の大学で常勤講師を務める日本人女性のミドリさん(仮名 67歳)はその不安が現実となってしまった。彼女は手厚い年金をもらっている元大学教授の夫(82歳)と持ち家に住んでいるので、老後は安泰だと思っていた。ところが1年ほど前、夫が初期のアルツハイマー病と診断されて状況が一変した。夫の介護に想像がつかないくらい莫大なお金がかかることがわかったからだ。

介護事業者によれば、普通ヘルパーを雇うのに1時間25ドル、1日24時間で300ドルくらいかかり、認知症専門のヘルパーをつけると1日500ドルくらいになるという。

ミドリさんは、「何年かして症状が進んだら、1カ月100万円から150万円くらいかかるんですよ。もしそうなったら、家を売るしかありません。もう破産状態ですよ」と言って頭を抱えた。

彼女の母親は10年ほど前、日本で在宅介護を受けた後に特別養護老人ホームに入居し、安い費用で親身なケアを受けたそうだ。

彼女はその時の経験を踏まえてこう話した。
「日本には介護保険制度があり、費用が安く済みます。公的な助成があれば安心できますし、精神的な圧迫感が全く違います。米国では民間の介護保険は非常に高いので、本当に裕福な人しか加入できません。弱肉強食の社会構造の最も悪い面が出ているのが介護の問題だと思います。私個人の経験では老後は米国より日本の方がはるかに良いと思います」。

確かに日本の皆保険は素晴らしい制度だと思うが、2000年に導入された介護保険制度については様々な問題が指摘されている。1割か2割の自己負担で介護サービスが受けられるのは魅力だが、利用者に取材すると規制が多すぎて必要なサービスをなかなか受けられないなどの苦情、不満をたくさん耳にする。とはいえ、日本では少ない自己負担で介護サービスを受けられるので、その点は米国よりましと言えるかもしれない。